「小説の家」通信

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小説の家

『小説の家』

著者
福永 信 [編集]/柴崎 友香 [著]/岡田 利規 [著]/山崎 ナオコーラ [著]/最果 タヒ [著]/長嶋 有 [著]/青木 淳悟 [著]/耕 治人 [著]/阿部 和重 [著]/いしい しんじ [著]/古川 日出男 [著]/円城 塔 [著]/栗原 裕一郎 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103540502
発売日
2016/07/29
価格
4,104円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

「小説の家」通信

[レビュアー] 福永信(小説家)

 物書きをしております福永という者でございます。お初にお目にかかります。恐縮でございます。

 お仕事は主に出版社などから依頼を受けまして、それに応じて原稿を書きまして、お代を頂戴しております。ありがとうございます。

 わたくしのお仕事は依頼を受けるところから始まります。依頼がなければ、何もスタート致しません。わたくしはピクリとも動かないのでございます。

「依頼」と申しますのは、編集者から電話がかかってくることでございます。最近はEメールのみという場合もございますが、まず依頼ありきでございまして、そこからわたくしの仕事が始まるわけですが、編集者の仕事はすでに始まっているのですね。なぜなら編集者はすでに動いているわけです。わたくしよりも先に行動しているわけです。だからわたくしに依頼の電話をかけることができるのです。

 わたくしから「もしもし、わたくしだけど。」と電話をかけて、相手が「ああ、福永さんですか。ちょうどよかった。小説を書きませんか。」と、そんなふうに依頼されることなど、まずありません。まったく皆無とは言わないけれども、一般的には、編集者から突然電話がかかってくるのでございます。もしくは編集者からのEメールを予告なしに受信するのでございます。

 はじめに依頼ありき。それがないとわたくしは存在しない。そうなのですが、では、それは、どこから始まっているのであろう、と思ったのでございます。依頼はどこから来るんだろう。依頼をすることも、依頼されることによってスタートするのでしょうか。

編集長 おい。福永君に小説を依頼し給え。

編集者 電話をかけて直ちに依頼します。

 と、そんなふうに、依頼することが依頼されるにしても、では、その編集長は、誰から依頼されるのでしょうか。

社長 おい。福永君に小説を依頼し給え。

 と、そんなことがあったとしても、では、それなら、社長さんは、誰から依頼されるのでしょうか。

母親 あんた、依頼しなさいよ。

社長 はい。母さん。

 しかし、それなら、お母さんは誰から……そこで、わたくしは、こう思ったのでございます。「自分が依頼する立場になれば、依頼というのが、どこからスタートするのか、わかるのでは」、と。自分が依頼する立場になれば、「依頼の発生現場における神秘的な謎」と直面することができるだろうと思ったのです。

 前置きが長くなりましたが、『小説の家』には、以上のような「依頼」のテーマがございました。わたくしが依頼した作家で一冊の本を作ったらどうなるか、というのがこの本のテーマでございます。依頼したことでわたくし自身がどう変化するかというのがこの本の個人的なテーマでございます。

 わたくしが選んだ作家、円城塔、山崎ナオコーラ、いしいしんじ、古川日出男、柴崎友香、岡田利規、阿部和重、青木淳悟、最果タヒ、長嶋有の各氏が小説を寄せております。栗原裕一郎氏は論考を執筆しております。

 しかしながら、実は、最初に依頼されたのは、わたくしなのでした。

「小説を書きませんか。」

 という電話を受けたのです。ふだんなら、とくにおどろくことのないような、そんな電話です。電話をしてきたのは美術雑誌の編集者でした。美術の専門誌から、小説を書きませんか、と依頼されたのですこしおどろいたというわけなんです。旧知の編集者でしたから、わたくしは、これには何か理由があるのだろうと思い、そう尋ねました。すると、この美術専門誌には、かつて小説が載っていた一時期があるというのです。

「え? 小説が毎月?」

 と、思わずわたくしは身を乗り出したほどでした。

「そうなのです。小島信夫から遠藤周作から、耕治人から、三浦朱門から」

「え? 三浦朱門?」

「他にも、安岡章太郎、吉行淳之介など総勢一〇名の小説家が、毎月、書いていたのです。もっとも、五〇年ほど昔のことですが。」

「え? 五〇年ほど前?」

「正確には一九五八年です。その年の一月号から一〇月号まで、毎月一編の短編小説が掲載されていたのです。事情はわからないのですが、突然始まって、これも理由は不明なのですが突然終わっているのですね。それで総勢一〇名というわけなのです。」

「なぜ突然依頼をしたのだろうか。なぜ、突然、依頼をしなくなったのだろうか。」

「わかりません。わかりませんが、なんとなくまた現代の作家の小説を掲載してみようと思いまして。編集者の遺伝子でしょうか。しかし僕は福永さんしか電話番号を知らないので、こうして依頼をしているわけです。」

「ちょっと待ってください。わたくしに依頼するのは、ありがたいが、そんな理由からですか。君とは長い付き合いだから言わせてもらうが、知っているのが、たまたまわたくしだというだけで、貴重な誌面を使っていいのだろうか。」

 わたくしにしては、ややゾンザイな言い方だったと思います。しかし、酒の力が入ったことと、旅先での解放感から、そんな口調になってしまったのでしょう。

「いや、あなたの小説はいいと思いますよ。」

 編集者は取り繕うように言いました。

「では、円城君に依頼できれば、どうだろう。」

「円城塔さんですか。ぜひ頼みたいですね。」

「山崎ナオコーラ君だったら、どうですか。」

「もちろんお願いしたいです。」

 わたくしは、連絡先を知っている作家の名前を次々に挙げていった。それが、先の一〇名である。編集者はそのすべてに「ぜひお願いしたい。」と言った。

「すると、わたくしは、どうなるだろう。」

「それは、福永さんにも、お願いしたいですよ。」

 わたくしは電話をガチャンと切った。それから、二階の書斎に行ってお昼寝をしようとして、振り返ると、少し開いたドアの向こうから、我が子が、わたくしには似なかった今では懐かしい面影でもあるそのクリクリした黒目だけを、扉の隙間から見せていた。そして「Yonda?」と聞くのである。

 もう一週間前だったか子供が、自分の気に入っていた絵本を貸してくれていた。それを読んでパパとしては感想を言わなければならなかった。これまでも催促されてきたが、そのままになっていたのだ。「Yonda?」とまた聞いてくる。「いや、まだ。」と、そう答えて、ふと、おれは我が子からも、依頼されているのだな、と、おのれの人生に苦笑せざるをえなかった。「すぐYoむから」と、子供を安心させた。絵本を開くと、絵も、文章も、この作者達が、忙しい時間の中で作り上げたものに違いないと思えてきて、感謝の念が沸き起こってきた。ありがとう。

 わたくしは編集部へ電話をかけた。こちらから電話をかけると、これから何か依頼をするような気分になった。

「君かい。さっきはごめん。」

「いや、いいんです。僕も、失礼なことを申し上げてしまいました。」

「(絵本をめくりながら)どうだろう、小説を貴誌に掲載するという先ほどの話のことだけど。ちょっと考えてみたのだが、小説と、アーティストを組み合わせて、誌面を作るとおもしろいんじゃないかな。その小説家と相談しながら、どんなアーティストと共同作業をするか、誰に依頼するか決めるんだ。最初は円城君にお願いしよう。」

「円城さんにお願いできれば、それはおもしろいですね。では、福永さんは、その次に。」

「その次は、ナオコーラさんが、いいだろう。」

「わたくしは三番目くらいに登場するとしよう。」

「そうですね。では、それくらいに。」

「依頼は、わたくしがするよ。」

「それは、助かります。」

「わたくしへの依頼も、わたくしがする。」

「え? 自分で?」

「ああ。そうすると、すべてがわかるという気がするのさ。」

 この電話の繋がっている美術専門の出版社の編集部が作る美術専門誌での初出を経て、あれこれあって、一冊の『小説の家』にまとめられた。一冊にまとめることは当初からの予定であった(版元はわたくしの依頼によって劇的に変更したが)。さて、果たしてわたくしからわたくしへの依頼は実現したのか。ぜひ読んでいただきたい。あ、読んでいただきたいのでございます。

新潮社 波
2016年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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