二度と戦争だけには行きたくない

レビュー

8
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僕は少年ゲリラ兵だった

『僕は少年ゲリラ兵だった』

著者
NHKスペシャル取材班 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784104056071
発売日
2016/07/15
価格
1,404円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

二度と戦争だけには行きたくない

[レビュアー] 板垣淑子(NHKチーフプロデューサー)

 71年前の、あの戦争は何だったのか――。それを思い知らされたのが「少年ゲリラ兵」の取材だった。遠い異国の話ではない。わたしたちの国、日本で実際に起きていた事実だ。

 戦時中、激しい地上戦が繰り広げられた沖縄で、子どもたちが兵士とされ、戦場でゲリラ兵として闘っていた。その知られざる歴史を初めて聞いた時には、身震いする思いだった。戦況が悪化し、兵力不足に陥った日本は、子どもを戦場に送り出していたのだ。

 今、世界の各地で普通の市民が巻き込まれるおぞましいテロが繰り返されている。中でも子どもたちが犠牲になる痛ましい出来事――しかも子どもが加害者としてテロ行為の実行犯とされる悲劇――が相次いでいる。戦後生まれの「戦争を知らない世代」にとって、それは海を隔てた遠い異国の地で起きている現実でしかないだろう。しかし、沖縄の歴史を知ることで、それは日本でも起きていたことだと知らされる。戦争の狂気は、本来守るべき子どもさえ戦争に利用していたのだ。ひとたび戦争が始まると、もはや後戻りできずにその道を進んだ、かつての日本。その戦争がもたらす狂気の正体を知りたい――それが取材の出発点だった。

 沖縄本島北部には、やんばる(山原)というジャングルに覆われた山岳地帯が広がっている。そこが少年ゲリラ兵たちの主戦場だった。彼らは山中に拠点を置いて、ゲリラ兵として奇襲・夜襲などの特殊な戦闘を行っていた。

 少年が集められた部隊の名前は「護郷隊(ごきょうたい)」――故郷を守るための戦争だと信じて戦場に立ったという。

 故郷を守るためという大義で戦地に送り出された少年たちは、純真で素直な子どもたちだからこそ、兵士に変えられていった。ある少年は、過酷な訓練の最中、上官に命じられた言葉を今も、はっきりと覚えていた。

「敵を10人殺したら死んでもよい」

 そして、敵と殺し合う激しい戦闘の最前線で少年たちの心は壊され、麻痺していった。ある少年は、幼なじみの友だちが目の前で撃ち殺されても、何も感じることはなかったと話した。

「敵が死ぬのも、友が死ぬのも、自分が死ぬことすら、どうでもよくなっていた」

 元少年兵たちは、「ゲリラ」という存在自体、隠し通さなければならなかった。そして、あまりに凄惨な体験だったことから、戦後、誰にも話すことができずに、ずっと心の奥底にしまい込んでいた。しかし、70年という時間を経て、ようやく「戦争の記憶を伝え残したい」と記憶の扉を開き、事実を語ってくれたのだ。

 私たちはこうして元少年兵から得られた貴重な証言や新たに発掘した資料などをもとに2015年8月、NHKスペシャル『あの日、僕らは戦場で~少年兵の告白~』を制作した。嬉しかったのは中学生や高校生など10代の若者――かつての少年ゲリラ兵と同じ年代の若者たち――が放送後に感想を寄せてくれたことだった。

「戦争の恐ろしさが分かった」

「戦争はしてはいけないことだと思う」

 今は80代後半となった元少年兵たちから、戦争を知らない子どもたちへ、その言葉が伝わっていることに何ともいえない感慨があった。

 番組の制作過程では元少年兵だけでなく、陸軍中野学校の関係者など数多くの取材を行った。番組では到底、伝えきれなかった貴重な証言を形に残したい――取材に答えてくれた方々に誠意を尽くしたい、そうした思いを背負って、この「取材記」は綴られた。

 元少年兵の一人が語った忘れられない言葉。

「二度と戦争だけには行きたくない。戦争に近づくような道を、戦争からかけ離れた選択肢であっても、選択しないようにしないと。小さなのを重ねていくとね、ひどい目に遭いますから」

 数々の証言で語られる戦争の「狂気」――それは、ひとたび走り出すと誰も止められないということだった。本書を通じて、私たちはそれを今、伝えたい。そして、立ち止まって元少年兵たちの思いを受け止めて欲しい。

新潮社 波
2016年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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