『死の虫 ツツガムシ病との闘い』 小林照幸著

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死の虫 ツツガムシ病との闘い

『死の虫 ツツガムシ病との闘い』

著者
小林照幸 [著]
出版社
中央公論新社
ISBN
9784120048623
発売日
2016/06/22
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『死の虫 ツツガムシ病との闘い』 小林照幸著

[レビュアー] 岡ノ谷一夫(生物心理学者・東京大教授)

風土病撲滅の軌跡

 唱歌「故郷」の二番に「如何(いか)にいます父母、恙(つつが)なしや友がき」という歌詞がある。「恙なし」とは「お元気ですか」の意味であるとぼんやりと理解していた。しかし、これがツツガムシ病と関連しているとは知らなかった。この病気は新潟・山形・秋田などの米どころの風土病だ。明治・大正期には毎年百人規模の死亡者があった。現代でも毎年の罹患(りかん)者は数百人、うち数人が死亡する。唱歌「故郷」が作られた1914年は、まさにツツガムシ病への挑戦が本格化した時期であり「恙なし」とツツガムシとが結びついたのであろうと著者は言う。本書は最初から意外な結びつきの連続で、推理小説のように読み進めてしまうことができる。

 大正時代、ツツガムシ病の病原体を発見しようと、いくつかのグループがしのぎを削っていた。当時、病原体となる微生物は、原虫・真菌・細菌・ウイルスの4つであると信じられていた。ウイルスは素焼き濾過(ろか)器を通過し、顕微鏡では見えない。感染したサルの血液を濾過した液を他のサルに注射しても病はうつらない。このことからツツガムシ病の病原体はウイルスより大きく、顕微鏡で見えるはずである。それでも病原体は発見されない。なぜか。ここから先がまた面白いのだが、ネタバレはいけない。ぜひ読んでほしい。

 本書は、医学史、科学ノンフィクション、列伝、推理小説など多くの顔を持つ。ベルツ、北里柴三郎など著名な医学者と、現地の開業医が同等の貢献をする。官と民、地方と中央、開業医と研究者の軋轢(あつれき)。それぞれの登場人物が、さまざまな動機でツツガムシ病に挑む。誰もがこの病気の悲惨さを知っており、農民たちをこの病気から救いたい。しかし誰もが自分が一番乗りになりたい功名心もある。人体実験があり、殉職事件があり、壮絶な命名権争いがある。研究者の持つ業の深さと共に、人が人を救いたいと思う気持ちの尊さを感じた。現在ではツツガムシ病の治療法は確立している。

 ◇こばやし・てるゆき=1968年生まれ。ノンフィクション作家。『朱鷺(トキ)の遺言』で大宅壮一ノンフィクション賞。

 中央公論新社 1600円

読売新聞
2016年7月31日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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