『この世界を知るための 人類と科学の400万年史』 レナード・ムロディナウ著/『科学の発見』 スティーヴン・ワインバーグ著

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この世界を知るための 人類と科学の400万年史

『この世界を知るための 人類と科学の400万年史』

著者
レナード・ムロディナウ [著]/水谷 淳 [訳]
出版社
河出書房新社
ジャンル
自然科学/自然科学総記
ISBN
9784309253473
発売日
2016/05/17
価格
2,808円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

科学の発見

『科学の発見』

著者
S・ワインバーグ [著]/赤根 洋子 [訳]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/外国文学、その他
ISBN
9784163904573
発売日
2016/05/14
価格
2,106円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『この世界を知るための 人類と科学の400万年史』 レナード・ムロディナウ著/『科学の発見』 スティーヴン・ワインバーグ著

[レビュアー] 柴田文隆(読売新聞社編集委員)

「科学する心」の本質探る

 猫の敏捷(びんしょう)さも、熊の腕力もない。人間は、脳を大きくし知力で勝負するよう進化した。そして「森羅万象を知りたい」という好奇心を尊び、知識を共有・拡張する文化スタイルを継承してきた。

 「科学する心」は、その知性の精華といえる。

 『400万年史』(水谷淳訳)はギリシャ哲学から素粒子物理までを通観。読者に人類がどうやって科学を生み出したのか、人間知性の本質とは何なのか、考えさせる。

 2500年前、宇宙に秩序を見いだしたのは、「万物の根源は水」としたタレスら古代ギリシャの哲学者だった。ピタゴラスは更に踏み込んで、「数学的法則こそ宇宙の根本的真理」と言い切った。確かに数学は、科学にとって最強の武器となっていく。

 紀元前4世紀にはアリストテレスが登場する。科学界のスーパースターだ。だが「石が地面に向かって落ちるのは、地面が石の自然な居場所だからだ」との主張には面食らう。著者も「その知識への取り組み方は、今日我々が科学と呼んでいるものとはかけ離れていた」と評する。

 彼は法則の定量的な細部より物体が法則に従う「目的」に関心があり、数学には冷淡だった。知の巨人のこの姿勢が1500年に及ぶ自然科学と数学の、しっくりこない関係に影を落とす。

 多彩な彼の業績は忘却、翻訳による再発見、異端宣告、その撤回……と浮沈を繰り返した。西欧で創造的な科学研究が始まるのは、こうしたアリストテレス受容をめぐる軋轢(あつれき)が一段落ついて後、14世紀のことだった。

 『科学の発見』(赤根洋子訳)の中でワインバーグは、蛇行したこの歴史の意義を「異端宣告はアリストテレス絶対主義から科学を救い、その撤回はキリスト教絶対主義から科学を救った」と巧みに要約してみせる。

 科学はさまざまな軛(くびき)から解放され、離陸を果たした。定量的な実験が行われ、数学は本来の鋭い切れ味を発揮するようになる。もはや17世紀科学革命の主人公ガリレオ、ニュートンから20世紀のアインシュタインへつながる雄飛を阻むものはなかった。

 ガリレオが行った物体の落下速度に関する実験は画期的だった。自由落下する球は傾き90度(つまり垂直)の斜面を転げ落ちる球と見なせる、と彼は思いつく。ワインバーグはこの抽象化の力を称賛する。「ガリレオの作った斜面は、自然界に存在しない粒子を人工的に作り出す現代の粒子加速器の遠い祖先だ」

 ガリレオはまた、宇宙は数学の言葉で書かれている、と言った。ニュートンの重力理論もアインシュタインの一般相対論も数式で表現されていて、幅広い現象について予言、検証するパワーを十二分に見せつけてきた。

 天才ディラックは、自分が作った方程式が反粒子の存在を予言していることに気付き、言ったという。「方程式の方が私より賢かった」と。

 3年前に「発見」したと発表されたヒッグス粒子だが、誰も目撃してはいない。「存在の証拠は数学的なものであって、コンピュータデータのある特徴的な数値的特性から推定され(略)統計的に解析された」(『400万年史』)ものなのだ。物理学者はこれを「見た」と表現し、私たち市民も違和感を持たない。

 科学は人間の五感を超えた。頼りは数学だ。だがなぜ自然は数式に従うのだろう。造物主は数学者だったのか。

 この2冊を読んで、謎はさらに深まる。

 ◇Leonard Mlodinow=1954年、米国生まれ。物理学者、作家。独の研究所などで量子力学の理論研究を行う。

 ◇Steven Weinberg=33年、米国生まれ。理論物理学者、テキサス大オースティン校教授。79年、ノーベル物理学賞。

 

 しばた・ふみたか 本社編集委員。1959年秋田県生まれ。医学、原子力など科学分野を取材。共著に『ノーベル賞10人の日本人』ほか。

読売新聞
2016年7月31日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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