『執着』ハビエル・マリアス著

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執着

『執着』

著者
ハビエル・マリアス [著]/白川貴子 [訳]
出版社
東京創元社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784488016623
発売日
2016/06/30
価格
2,700円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『執着』ハビエル・マリアス著

[レビュアー] 松山巖(評論家・作家)

事件を巡る愛の形

 一つの殺人事件を巡り、登場人物の立場と心理によって異なる解釈をさせる長篇(ちょうへん)である。

 出版社の編集者マリアはマドリッドのカフェテラスで毎朝出会う中年夫婦に憧れる。夫は知識人風で、妻は若々しく魅力に富み、理想的なカップルに見えたからである。その夫、映画配給会社社長デベルネが突然、アル中のホームレスに刺殺される。自分の娘二人を売春に係(かか)わらせたのはデベルネだと、彼が勘違いしたためだ。

 ところが事件から四カ月後、マリアはデベルネの妻ルイサと出会い、悔みを述べる。するとルイサはよく夫とマリアのことを話していたといい、家に招く。招かれたマリアは、そこでデベルネの親友ディアスに出会い、彼がルイサを一途(いちず)に思っていると気づく。さらにマリアは偶然、ディアスに会い、魅了され、ベッドを共にする関係になるが、ディアスが話すのはルイサの行く末の心配ばかり。だが、ディアスの寝室でまどろんでいたマリアは、突然現れたルイベリスという男とディアスの会話を聞く。ホームレスの男が、ルイベリスに携帯で娘のことを吹き込まれたと自供し始めたという話を。

 その日、マリアは話を聞かなかった振りを二人にはするが、十四日後、ディアスは、親友デベルネが悪性黒色腫が全身に転移し、余命は四カ月から半年で、日時を決められるのは怖いから、自分を不意に殺してくれと頼まれたと語る。ところが心配になってマリアに近づいたルイベリスは、ディアスがルイサに夢中だったことは知らないという。ならば親友の病気の話もすべてはディアスの嘘(うそ)で殺人も彼の計画か。

 本篇はディアスと共に幸せそうに食事をするルイサにマリアが出会う所で幕を閉じる。

 話の構造は芥川の「藪(やぶ)の中」を思わせるが、作者は事件の真実より、殺人事件でさえ直(す)ぐに忘れられる現代で、マリア、ディアス、ルイサの入念な心理描写で憧れや信頼、友情や恋慕など様々な愛の形を描き出したのだ。白川貴子訳。

 ◇Javier Mari(´)as=1951年、スペイン生まれ。作家・翻訳家。著作に『白い心臓』など。

 東京創元社 2500円

読売新聞
2016年8月7日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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