『図説シルクロード文化史』 ヴァレリー・ハンセン著

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図説シルクロード文化史

『図説シルクロード文化史』

著者
ヴァレリー・ハンセン [著]/田口 未和 [訳]
出版社
原書房
ISBN
9784562053216
発売日
2016/06/20
価格
5,400円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『図説シルクロード文化史』 ヴァレリー・ハンセン著

[レビュアー] 出口治明(ライフネット生命保険会長)

絹の道、交易の実相

 正倉院はシルクロードの終着点であると教わった記憶がある。「月の沙漠」の歌ではないが、シルクロードという言葉には、ラクダの隊商が列をなしてローマやペルシャから遥々(はるばる)と宝物を運んできたロマンチックなイメージがある。著者は、楼蘭(ろうらん)や鳩摩羅什(くまらじゅう)(有名な仏教の訳経者)の故郷クチャ、トルファン、サマルカンド、敦煌、ホータンなどのシルクロードの主要なオアシス都市と長安を舞台に、出土した史料を綿密に考証してシルクロードの交易の実相を多数の図版とともに明らかにした。

 シルクロードは実際の一本道ではなく、砂漠や山岳地帯をつらぬく、つねに変化する道筋のつらなりだった。乾燥した気候のおかげで多量の文書や遺物が残った。ヘディンやオーレル・スタインなどの探検家がこれらの文物を多数回収したが、中でも、敦煌・莫高窟(ばっこうくつ)の巻物を巡る物語はつとに有名である。その後も発見が相次いだが、史料を分析すると、シルクロードの真実の物語が姿を現す。ローマと漢のあいだの交流はほとんどなかったこと、唐の軍隊が中央アジアに駐屯していた時期(安史の乱まで)には貨幣・穀物・布地という形の通貨がこの地域に流れ込んで交易が盛んになったこと(唐政府による莫大(ばくだい)な支出が原因)、商人による絹などの長距離交易ではなく、行商人が近隣の客を相手にした地元取引が中心だったことなど。

 シルクロード交易で実際に取引された品物はほんの少量だった。しかし、難民をはじめとしてさまざまな背景の人々が移動するにつれ、最初は中国と南アジア(仏教など)、次いで中国とイラン(マニ教、東方教会、紙など)とのあいだで広範囲にわたる東西の文化交流が起こった。玄奘やソグド人の活躍は耳にしたことがあるだろう。19世紀の後半、リヒトホーフェンが命名したシルクロードは、実は絹の道ではなく、思想、技術、芸術的モチーフなど東西文化が伝播(でんぱ)するスーパーハイウェイだったのである。田口未和訳。

 ◇Valerie Hansen=エール大歴史学教授。著書に『The Open  Empire』など。

 原書房 5000円

読売新聞
2016年8月7日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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