『漫画は戦争を忘れない』
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漫画は戦争を忘れない 石子順 著
[レビュアー] 中条省平(学習院大学フランス語圏文化学科教授)
◆憎しみが滲む厖大な記録
長年漫画評論を続けてきた著者も今年で八十一歳。これが最後になるかもしれないという覚悟で書いた本だ。しかも、これは評論ではなく、記録なのだという。なんとしても自分が体験した戦争を漫画によって記録し、戦争に抗(あらが)おうとする執念の結晶である。
石子順は十歳で旧満州に渡り、戦後、中国の内戦で市街戦に巻きこまれたり、餓死寸前になったりして、十八歳のときに母と弟と帰国した。つまり、広義の「引き揚げ者」であり、赤塚不二夫やちばてつやと同質の体験の持ち主である。その悲惨な戦争経験が石子の執筆を支える根源のモチーフなのだ。
本書の根幹をなす章「漫画は戦争を忘れない-戦争漫画年代記(1946~2015)」は、日本で描かれた戦争漫画を網羅的に列挙し、紹介する文章だ。確かにこれは評論というより記録であって、ひたすら戦争漫画の作者とタイトルと内容要約を続けていく。読み物としてはいささか単調だが、その持続のなかから、作者の決して弱まらない戦争への怒りと憎しみが滲(にじ)みでてきて、しまいには読む者を戦慄(せんりつ)させる。ここには本物の情熱がある。まずはそこが読みどころである。
また、史料としての価値も絶大で、日本の漫画に興味をもつ人には必携の文献となるだろう。ここに列挙された厖大(ぼうだい)な戦争漫画を子細に読むことにより、「戦後」日本漫画の巨大な底流が白日のもとに明らかにされるはずだ。
続く三章は、手塚治虫、水木しげる、中沢啓治という戦争漫画の三巨人を個別に扱う。手塚は大阪大空襲でこの世の地獄を見、水木は南方戦線で玉砕しそこなって左腕を失い、中沢は広島の原爆で父と姉と弟を殺された。そうした実体験が彼らの漫画を比類なき芸術に昇華させた。
だが二十一世紀に至り、戦争を知らない若い女性漫画家が新たな領野を切り拓(ひら)いていることを、著者は強調する。おざわゆき、こうの史代、今日マチ子。戦後はまだ終わっていないのだ。
(新日本出版社・2052円)
<いしこ・じゅん> 1935年生まれ。漫画・映画評論家。著書『日本漫画史』など。
◆もう1冊
石川好著『漫画家たちの「8・15」』(潮出版社)。中国・南京で催された、日本の漫画家百余人が戦争体験を描いた展覧会のルポ。