“SF作家”椎名誠 シーナ・ワールドがついに宇宙へ

レビュー

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ケレスの龍

『ケレスの龍』

著者
椎名, 誠, 1944-
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041044964
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

シーナ・ワールドがついに宇宙へ

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

 まさか、椎名誠が宇宙冒険活劇を書こうとは。いや、著者はれっきとした日本SF大賞作家だし(一九九〇年に『アド・バード』で受賞)、小説作品ではSFが本線といってもいいくらいだけど、たぶんこれまで、大気圏を離脱したことはなかったのでは。そもそも、いったいどうやって宇宙にたどりつくのか?

 ……と、ついつい話が先走ったのであらためて紹介すると、椎名誠『ケレスの龍』は、〈小説 野性時代〉二〇一四年一月号~二〇一六年四月号に不定期連載(全十五回)された連作短篇の単行本化。版元サイトの内容紹介にいわく、

“灰汁銀次郎は「北政府」の傭兵だったが、今は指名手配のおたずね者。金儲けの匂いをかぎつけ、相棒のカンパチとある誘拐事件の解決を請け負った。犯人は三人組の強力なドロイド。彼らを追って、宇宙への長い旅が始まる。北南素粒子戦争の後の混沌とした世界で、繰り広げられる二人の男たちの壮大な物語――”

 北政府とは、『武装島田倉庫』をはじめとする椎名誠の未来SF群、いわゆるシーナ・ワールドに共通して登場する国家(もとは北朝鮮がモデルだったらしい)。大きな戦争のあと、生態系が破壊され、気候が変化し、大きく様変わりした異形の世界が背景になる。主役のひとりである灰汁も、椎名SFにはおなじみの人物で、「肋堰夜襲作戦」(『武装島田倉庫』)、「海月狩り」「混沌商売」(『みるなの木』)、「水上歩行機」(『銀天公社の偽月』)などに出てくる。

 第一章「千手太陽」に登場するのは、その灰汁とカンパチの流れ者コンビ。千手太陽とは、晴れた日の夕暮れ、千本はありそうな陽光のすじが空に放射状に美しくのびて見える現象のことで、“北南素粒子戦争によって海がとことん汚れた名残り”だという。その光景が名物となっている海辺の宿で再会した二人は、地元の村長から、秘密の任務を与えられるが……。

 かわって第二章の主役は、すりばちホールと呼ばれる巨大焼却炉のボイラーで働く策三と、若い町役人のダラ、多目的技師のスケルトンの三人組。奇妙奇天烈な生物群もシーナ・ワールドの定番だが、この章には、燃焼効率抜群の動物性タキツケとして、大量の「ジャララカ」が出てくる。一節を引用すると――

“ジャララカは世界でもっとも脚の数の多い節足動物「ヤスデ」が腐敗金属層の雑多な変質元素を喰い、その上に人間の節足動物学者が開発した「急速異態化促進酵素」によって一匹平均一メートルぐらいの怪物にのし上がった。こいつらをいったん火にくべると、胎内に蓄積された爆発性炭化リチウム、封鎖性複合ケイ素、カイバーマグネシウムなどが瞬間的に相互反応して超高温に高まり破裂した熔鉱炉のようになって暴れだす”

 とまあ、こんな奇怪な生物の描写が小説の大きな魅力をかたちづくるのは、『アド・バード』の頃から変わらない。ただし、本書後半では、誘拐された人質奪還のミッションに参加することになった五人(二人+三人)がチームを組み、犯人を追って宇宙へ旅立つことになる。

 とはいえ、「スター・ウォーズ」的な宇宙船で飛びまわったり、光線銃のドンパチに加わったりするわけじゃない。この未来では、戦争後も宇宙エレベーターが(曲がりなりにも)運用されていて、五人は正規の手続きを踏んで(つまり公共交通機関を利用して)地球から旅立つ。椎名SF独特の懐かしい雰囲気と、宇宙開発SF的なテクニカルタームが奇妙に入り混じり、かつて読んだことのない、なんとも不思議な味わいだ。SF作家・椎名誠の新たな挑戦に拍手を贈りたい。あと、最後の最後に登場して場をさらってゆく“ケレスの龍”がまたすごいので、乞うご期待。それにしてもこれ、まだまだ続きがありそうだけど……。

KADOKAWA 本の旅人
2016年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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