[本の森 ホラー・ミステリ]『ジャッジメント』小林由香/『許されようとは思いません』芦沢央/『小説の神様』相沢沙呼/『匿名交叉』降田天

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『ジャッジメント』小林由香/『許されようとは思いません』芦沢央/『小説の神様』相沢沙呼/『匿名交叉』降田天

[レビュアー] 村上貴史(書評家)

 題材は“命”である。小林由香のデビュー作『ジャッジメント』(双葉社)は、『復讐法』――犯罪者から受けた被害内容と同じことを合法的に刑罰として執行できるという法律――が施行された日本を舞台に、加害者と被害者遺族を通して、その題材を深く掘り下げた。復讐法の執行の立会人を共通の視点人物とする五篇が収録された本書において、第一話に登場する父親は、息子を拉致し、四日間の暴虐の果てに殺した少年たちの主犯と向き合う。四日かけて、彼等が息子にしたように命を奪おうというのだ。また、第二話の女性は、自分の母を殺した加害者である自分の娘と対峙する。母が復讐法に基づいて十四歳の娘の命を消し去ろうとする。五つの物語のそれぞれにおいて、二度と回復することのない“命”を、殺人という犯罪とそれに対する復讐法の執行という二重の物語として、それも執行役となる近親者の心をなぞるように、本書は描いた。それ故に重く読者に響く。しかもミステリとしての驚きが仕込まれており、その驚きが命の重さを読み手にさらに深く刻み込む仕掛けとして機能している。“復讐法”というギミックに眉をひそめる方もいようが、どうして本書は良書であり、優れたミステリだ。ちなみに表題作は小説推理新人賞の受賞作で、第一話は推理作家協会賞短編部門の候補作。クオリティはお墨付きだ。

 同じく推理作家協会賞短編部門の候補作を含む芦沢央『許されようとは思いません』(新潮社)も強力無比。こちらはそれぞれ独立した短篇を五つ集めた一冊だ。

 自分の祖母が殺人犯という理由で結婚を迷う男、保身のための嘘に絡め取られる青年、あるいは絵を描くという自分と向き合い続ける画家などを通じて、多様な心が、その心に宿る虚実や愛憎が、そして表層と深層とのギャップが、実にスリリングに編み上げられた作品が並んでいる。一文ずつとことん吟味し、緊張感を維持したままラストの衝撃を導く短篇ばかりなので詳述は避けるが、とにかく最良にして極上。一生の宝物と呼びたくなる作品集だ。

 相沢沙呼『小説の神様』(講談社)は、中学生でデビューを果たしてしまった少年作家を主役として、小説の力や素晴らしさを描きつつ、同時に、小説家であり続けようとする苦しみも徹底的に描いた。自分の才能への不信などの気持ちの揺れが、痛々しいまでにピュアに伝わってきて、読み手までもが苦しくなる。だが、それでも読んで良かったと確かに思える一冊だ。

 降田天『匿名交叉』(宝島社)は、『このミステリーがすごい!』大賞受賞後の第一作。二人の主人公が、SNSなどを通じて匿名のまま接してしまったがために生じるサスペンスを巧みに描いた。あざといまでの衝撃が嬉しい。

新潮社 小説新潮
2016年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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