吉川三国志を読み返す――戦時的緊張を備えた名著

レビュー

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三国志 1 (桃園の巻)

『三国志 1 (桃園の巻)』

著者
吉川 英治 [著]
出版社
新潮社
ISBN
9784101154510
価格
637円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

吉川三国志を読み返す――戦時的緊張を備えた名著

[レビュアー] 渡部昇一(上智大学名誉教授)

『三国志』は、誰でも知っている通り陳寿の書いた歴史であるが、後世に物語として面白く書き加えられたものである。日本でも戦後、横山光輝の劇画としても成功している。

 それで今更ここで吉川英治の『三国志』を取り上げるのもどうかと思われる読者もおられるかも知れない。しかし、吉川『三国志』は断然、読み返すに値する名著なのである。

 吉川が、この著書にとりかかったのは、確か昭和十五年頃、彼が五十歳になる前の脂の乗り切った時であった。しかもその時代は、シナ事変勃発以来、約三年、戦争の雰囲気が生活の隅々まで行き渡ったころであった。吉川もその戦時的な緊張の中でこれを書いたに違いない。だから今読んでもなんとなく戦時的緊張がなければ感じられないような雰囲気を備えている。

 また、成熟期に達した吉川英治の描写の中には、色々な意味で考えさせられる事が、さりげなく含まれているように思われる。

 例えば、普通軽く見られる呉の国には、何故あのように人材が豊かであったのか。また、曹操の決断のし方なども、今日でも参考になることが多いと思う。勿論、後半は孔明が中心に語られることが多い。彼が劉備の三顧の礼に応じて出廬(しゅつろ)してから蜀の建国までは正に胸躍るプロセスである。それからの孔明の天才ぶりは、誰でも知るところだ。しかし、劉備が亡くなると、どうして人材が集まらなくなったのか。劉備という人は孔明と一緒になるまでは負け続けの人だった。しかしその劉備がいなくなると、天才的軍師孔明の周辺の人材はどんどんとぼしくなっていくのである。これなどは、才能とは別な徳というものが、国造りには必要なのではないかと考えさせられる。昔から孔明は楠木正成と並んで、そのすっきりした人格が尊敬されてきたのであるが、ともにその終わりの悲劇的なことも考え合わされる。

 また、吉川三国志には「鶏肋(けいろく)」などの故事についての詳しく且つ、面白い説明も多くあって大いに勉強になるところがあると思う。

新潮社 週刊新潮
2016年9月1日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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