【ビートルズ来日50周年 特別対談】1966年のあの日、ふたりの音楽少年がいた。――亀和田武 × 松村雄策

対談・鼎談

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【ビートルズ来日50周年 特別対談】1966年のあの日、ふたりの音楽少年がいた。――亀和田武 × 松村雄策

亀和田武、当時高三。大好きなアメリカンポップスがビートルズの登場で一夜にして懐メロになってしまった。松村雄策、当時中三。熱狂的なビートルズファン。7月1日のあの日、日本武道館2階F列12番にいた。

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亀和田武(左)、松村雄策(右)

亀和田 僕は一九六三年の十二月の時点で『Please Please Me』をラジオで聞いた記憶があるんですよ。それまで僕は、アメリカンポップスにどっぷりはまり込んでいて、それで自己形成されちゃったんだな。のちに、ポップス史上でも一番最低の時期だったといわれるんだけど、『ルイジアナ・ママ』『悲しき片想い』『電話でキッス』とかを聞いてた。しかも漣健児の超訳日本語つきでね。

松村 あれで自己形成しちゃいけません(笑)。もっとも、僕もビートルズが出てくる前はああいうのを聞いてたんですけど。漣さんの日本語の歌詞も今見ると、ちょっと信じられないような世界ですよね。

亀和田 本当に甘くて軽くて、なんかもうペラッペラの世界。ビートルズが六三年の暮れから六四年にかけてバーンと日本に紹介された瞬間に、今まで僕が夢中になってた曲は一夜にしてもう懐メロになってしまった。

松村 その頃はみんなアメリカしか見てなかったわけですよね。それが、ビートルズが売れたせいでイギリスからどんどん新しいのが出てきて、アメリカのチャートもいわゆるブリティッシュ・インヴェージョン=イギリスの侵略ですよね。言い方がいやらしい。

亀和田 僕は、最初にビートルズの『Please Please Me』を聞いたとき、やっぱり、えっ、何! って思った。化け物級のグループが出てきたっていう情報だけは入ってたからどんなものかと思ったんだけど、今まで聞いたこともないような音だったわけですよ。でも一発だけだろうと思ってたら、すぐ後に『抱きしめたい』が出て、その瞬間に駄目だ、かなわない。もう俺が今まで甘く浸っていた、切なくて軽くて上っ調子なあの世界はもう終わったんだっていう感じがしましたね。松村さんだってそういうアメリカのポップスは聞いてたんでしょうけど、やっぱりビートルズは圧倒的に違ったわけでしょう?

松村 ずっと隠してたんですけど、僕、『抱きしめたい』のシングル、最初はスリー・ファンキーズのを買ってるんですよ。「オー、プリーズ、オー、イエーイ、イエーイ、お前を抱きしめたい」(笑)──それも漣さんなんですよ。

亀和田 あれひどいんだよね。僕も、なんて格好悪いんだろうと思った。

松村 ビートルズに関して言えば、そんなにファンはいなかったんですよ。クラスに二、三人話ができるやつがいただけ。

亀和田 もっと言うと、東京の中学校でさえ、ちゃんとポップス聞いてるやつ、しかもレコード買って聞いてるやつってクラスに二人ぐらいしかいなかった。

松村 そうそう。だから音楽の話ができる友だちって、本当にいないの。ところが今、新橋駅前の機関車の前で「ビートルズは私の青春でした」とおじさんたちが言うんだよね、テレビのニュース番組で。お前の青春じゃないだろう! 違うだろう!

亀和田 僕も、全く同じ経験してますね。八五年頃かな、中学のときに同じクラスだった半端に不良だったやつが、「おい、亀ちゃん、俺たちさ、ビートルズ世代だもんな」とかなんとか言うの。「うそつけ、おまえが聞いてたの橋幸夫じゃないか、ばかやろう」。みんな無意識に自分の記憶を捏造してるんですよ。

松村 まずLPが高くて買えなかったですよね。六四年ぐらいで、モノラルが千五百円、ステレオが千八百円なんですよ。ラーメンが百三十円の時代ですよ。

亀和田 六四年が東京オリンピックで、ビートルズの来日が六六年だよね。オリンピックは大イベントで日本中が熱狂したっていうんだけど、少なくとも俺は熱狂してなかったぞ。家へ帰ってオリンピックの開会式見るのが嫌で、「オリンピックかよ。けっ」とかって言って、千鳥ヶ淵でつまらなそうにボートを漕いでた。ビートルズが来日したときも同じ。ああ、とうとう日本にまで本物が来るようになったかという感じでさめてましたね。

松村 ビートルズのチケット、僕は十五枚応募して結局全部外れたんですよ。ところが、友だちが二枚あたった。そのうちの一枚を二千百円で買ったんです。

亀和田 コンサートは六月三十日から七月二日まで。松村さんは七月一日に行ってるんでしたっけ。金曜日に。

松村 そうです。その日はコンサートが終わった夜にテレビで放送があったんですよ。僕は、武道館からすぐに家に帰って、テレビもちゃんと見てるんです。前座のほうは間に合わなかったけど、後半三十分のビートルズはしっかり頭から見られたんですよね。

亀和田 隣の部屋で家族は見てましたけど、僕は、チラッと見て、それであと「ま、いいや」って言って、ふてくされてましたね。そういえば、赤尾敏が「国賊ビートルズは帰れ!」って叫んでたよねえ。

松村 ビートルズのことなんか、誰も何も知らないわけですよ。レコードだって、一番売れて五十万枚ぐらいですから。だからファン以外、誰もビートルズが何なのか分かってなかった。日教組をはじめ何も知らない連中が、彼らを危険な不良扱いして、コンサートに行ったやつは退学にするなんて僕らを脅したわけですよ。恐らくあのテレビを見て、みんなびっくりしたと思う。とんでもないことをやるやつらだと思ってたら普通に楽器持って演奏して、十一曲終わったら「失礼しました」って帰っちゃう。「えっ、何これ?」。だから、あの最初のテレビ放送があった翌日から誰も何も言わなくなった。「ビートルズなんか駄目だ」とか、「あんなのはうるさいだけだ」とか、さんざん言われてたでしょう。うるさくないんですよ、全然。あの頃のウエスタンカーニヴァルなんかのほうがはるかにすさまじかった。それと比べたら、全く普通に楽器持って、汗もかいてないんじゃないかみたいな四人が、三十分演奏して帰っていくだけですからね。

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亀和田 そのときのビートルズはどうでした。

松村 一回目の三十日の演奏で、あまりにも客席が静かなんで自分たちが下手だということが分かったとジョージ・ハリスンが言ってます。俺たちは下手だ、明日の本番の前に、全員集まって、リハをもう一度やろう。それから、アンプを全部いいのに替えてくれと。それでプロモーターは慌てて、翌日から全部いい機材に取り替えた。七月一日は、武道館の裏でリハーサルをもう一度やり直した。全曲。客席がうるさいとどうせ聞こえないからいいやと思って歌ってたけど、静かだからハモりが外れるのとかも全部聞こえちゃう。本人たちもすごい危機感を持ったらしいんですよ。それぐらい客席は静かだった。それをうるさくて聞こえなかったとか言ってるやつは信じられないですね。

亀和田 そうか、本当の初日のステージはそういう感じだったんですね。松村さんが行った日はどうでした。

松村 僕は七月一日だから良かったですよ。一曲目のジョンの『Rock And Roll Music』と最後のポールの『I’m Down』、ロックンロールっていうのはこういうもんなんだって思いましたね。あの二曲はすごかった。確かに、ジョージの『If I Needed Someone』なんかは、うまくハモってなかったなっていう感じがしましたけどね。それからリンゴは見事に音をはずしてましたけど。

亀和田 あのとき警備員のバイトの体育会系の学生みたいなやつらが、ファンの女の子が英国国旗を出そうとしたのを制止するという、ひどい光景があったでしょう。

松村 そういうことはいっぱいありましたね。だいたい、武道館の前にあんなに並ばせる意味が分からない。どんどん入れていけばいいのに。中の通路には、警官が座ってるし、後ろのほうには学生服がいたりして、異様な雰囲気ですよね。なんでこの人たちはこんなことしてるんだろうと思った。

亀和田 まるでサミットの警備と同じ。過剰警備が、それだけすごかったから、あのとき竹中労たち「話の特集」チームが『ビートルズ・レポート』を書いて、あれは七〇年安保の警察側の予行演習だったと言ったんだよね。

 ビートルズが実際に活動してたのって六~七年でしょう。アルバムジャケットなんか見てると一目瞭然なんだけど、リヴァプールのチンピラ、革ジャン着てたような若者が、どんどんサイケデリックになり、それから、ジョンなんかは哲学者みたいな風貌になっていくっていうね。──これは第三者的に思うんだけど、ビートルズってやっぱりすごいな。

松村 『In My Life』ってあるでしょう。みんなが名曲だ、素晴らしいというんだけど、あんな悲しい曲はないって僕は思うんですよ。あの曲は二十五歳の若者が、昔のことを思い出してる歌なんだけど、女の子にモテるわ、金はあるわ、どこへ行ってもキャーキャー言われる男が、子どもの頃は良かったなあって言ってるんですよ。

構成・刈谷政則

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亀和田武(かめわだ・たけし)
1949年生まれ。著書に『1963年のルイジアナ・ママ』『夢でまた逢えたら』などがある。本誌連載の『60年代ポップ少年』が今秋単行本化の予定。

松村雄策(まつむら・ゆうさく)
1951年生まれ。著書に『苺畑の午前五時』『ウィズ・ザ・ビートルズ』などがある。エッセイ集『ビートルズは眠らない』が、小学館文庫で刊行予定。

Photograph:Hisaaki Mihara

小学館 本の窓
※この記事の内容は掲載当時のものです

小学館

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