『あなたの自伝、お書きします』 ミュリエル・スパーク著

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あなたの自伝、お書きします

『あなたの自伝、お書きします』

著者
ミュリエル・スパーク [著]/木村 政則 [訳]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784309207117
発売日
2016/07/21
価格
2,592円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『あなたの自伝、お書きします』 ミュリエル・スパーク著

[レビュアー] 青山七恵(作家)

執筆の喜びとスリル

 とにかく、書きたくなる小説だ。今すぐ机に向かって何か書きたい、書かなければ! 読んでいると無性に、そんな焦燥感と情熱に駆られる。それほど本書には、書くという行為にまつわる喜びと危ういスリルが満ち溢(あふ)れている。

 主人公は二十世紀半ばのロンドンに暮らす若い女性フラー・トールボット。小説家志望の彼女は「自伝協会」の秘書に雇われるが、会員たちの手による回想録は“率直な真実”を装った大袈裟(げさ)で退屈なものばかり。そこに勝手に脚色を加えているうち、フラーの周囲では執筆中の小説『ウォレンダー・チェイス』をなぞるような出来事が頻発し始め、挙げ句の果てに虎の子の原稿が忽然(こつぜん)と姿を消してしまう。

 複雑に絡みあう個人の陰謀と失われた小説の行方を巡って物語は予想外の方向へ進んでいくが、本書は書くことそのものについてのミステリーとも言えそうだ。虚構と現実がお互いをねじ曲げあい、真実を飲み込みながら肥大していくさまは滑稽でもあり恐ろしい。また、フラーの造形には著者スパークの若かりし頃の経歴が重なるそうで、回想録の体裁をとっている本書を著者の自伝的小説として読むこともできよう。しかし油断は禁物、本書においてはその背景自体も巧妙に仕掛けられた罠(わな)の一つなのである。

 とはいえ、災難のさなかも一貫して創作の喜びを声高に叫んで憚(はばか)らないフラーの強気なキャラクターがなんとも清々(すがすが)しい。「この二〇世紀に芸術家であり女性であるということは、なんて素敵(すてき)な気分なんだろう」、「執筆していると、自分の本当の声が聞こえてきてうれしくなる。その喜びを語って何が悪いのか」。実は三十年以上も前に発表された作品だが、そんな大胆不敵なヒロインを生み出した著者の会心の笑みが時代やフィクションの枠組みを超えてすぐ目の前に浮かぶようだ。これも罠かも? と訝(いぶか)しみつつ、その笑みに触発されて読後はいそいそと机に向かわずにはいられない。木村政則訳。

 ◇Muriel Spark=1918~2006年。スコットランド生まれ。英国を代表する詩人、作家。

 河出書房新社 2400円

読売新聞
2016年8月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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