「『不思議の国のアリス』の分析哲学」 八木沢敬著

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『不思議の国のアリス』の分析哲学

『『不思議の国のアリス』の分析哲学』

著者
八木沢 敬 [著]
出版社
講談社
ジャンル
哲学・宗教・心理学/哲学
ISBN
9784062200790
発売日
2016/06/16
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

「『不思議の国のアリス』の分析哲学」 八木沢敬著

[レビュアー] 納富信留(ギリシャ哲学研究者・東京大教授)

知的遊戯の迷宮へ

 アリスが迷いこんだ世界は不思議なだけでなく、不合理と不愉快と不可能に満ち満ちていた。そこでくりひろげられる言葉と思考は、迷路と混乱と夢であり、私たちは読みながらアリスと一緒に叫びたくなる。「うわー、こんがらがってきた!……」

 子供向けのおとぎ話として広く愛好される『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』は、19世紀半ばにオックスフォード大学の論理学者チャールズ・ドッジソンが「ルイス・キャロル」のペンネームで書いた物語である。一見ナンセンスなやりとりには、言語哲学、論理学、形而上(けいじじょう)学の問題がちりばめられている。当然である。世界は謎で満ち満ちているのだから。

 著者はアメリカで活躍する分析哲学の第一人者。アリスの物語から自由に、縦横にエピソードを取り出しては知的な遊戯をくりひろげていく。時に言葉のトリックの種明かしをし、時にそこからさらに難しい問題を取り出しながら、分析哲学という現代の思考法を楽しく実践して見せてくれる。

 言葉の使い方の混乱が議論を高尚な哲学に見せることがしばしばある。その区別を明確にすることでもったいぶった問題を解消することは、分析哲学の強みである。また、「不可能なことを信じる」という女王の命令が可能かを知るには、現実世界、可能世界、論理世界などを整理して考えなければならない。まことに厄介である。だが、まことに心おどる冒険でもある。

 ハイエナや骨のふりをする「ごっこ遊び」がどのようにすれば可能になるか、真剣かつ徹底的に検証する著者に、読者は遊びに熱中する子供を見るかもしれない。哲学には遊びが必要であり、子供の遊びには哲学へのヒントが詰まっている。

 アリスのように哲学のウサギ穴へ、鏡の向こう側へと飛び込むふりをして、皆さんも、ワクワクする分析哲学の迷宮へどうぞ。

 ◇やぎさわ・たかし=1953年生まれ。米カリフォルニア州立大教授。著書に『分析哲学入門』(3部作)など。

 講談社 1800円

読売新聞
2016年8月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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