『元老―近代日本の真の指導者たち』 伊藤之雄著

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元老 : 近代日本の真の指導者たち

『元老 : 近代日本の真の指導者たち』

著者
伊藤 之雄 [著]
出版社
中央公論新社
ISBN
9784121023797
価格
950円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『元老―近代日本の真の指導者たち』 伊藤之雄著

[レビュアー] 牧原出(政治学者・東京大教授)

実質的な首相選定者

 近代日本政治史を展望する斬新な本である。著者は、定評ある数多くの研究書や評伝を公刊してきた。明治維新の当初、西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允らを「元勲」と呼ぶことがあった。他方、内閣制度の発足とともに首相を選任するのは天皇となるが、実質的にその選定を担ったのは、天皇の信頼厚い、ごく限られた有力政治家、すなわち「元老」である。本書の焦点はここにある。

 だが昭和の敗戦まで総計八人しかいない。憲法草案作成者の伊藤博文、憲法発布時の首相黒田清隆、陸軍の育成者山県有朋、そして井上馨、松方正義が初期の元老である。日清戦争後、海軍・陸軍の指導者西郷従道、大山巌が加わる。公家出身の自由主義者西園寺公望は最後の元老だった。

 彼らはふさわしい人物として他の元老によっても認められることで元老たり得た。だがそうした非公式の制度に対しては、新聞はきわめて敵対的である。かくして本書の構図は、天皇・内閣・新聞からなる三角形の中央に、元老を置く形を取る。

 大正期になると、元老の正統性は危機に瀕(ひん)する。首相選定の会議に出席しながら晩年に立憲同志会を結成し、山県の不信を招く桂太郎、新聞をあおり元老たちを翻弄する大隈重信、本格的な政党内閣を組織しながら暗殺された原敬。彼ら政党指導者は、元老に近づきながら、そうとは認知されなかった。最後の元老西園寺は、内大臣を中心とする重臣による首相選定の仕組みを整えて死ぬ。だが敗戦とともに、それも終焉(しゅうえん)する。

 元老同士の格付けには嫉妬もあれば、冷静な状況判断もある。新聞は元老という仕組みには批判的だが、政党総裁を経験した穏健な自由主義者西園寺には好意的である。史料の引用を通じて描く微妙なやりとりこそ本書の読みどころである。また戦後になると、元老とは呼ばれずとも、吉田茂、岸信介という風格ある元首相や、「闇将軍」田中角栄や竹下登という実力者が君臨した。長い歴史的視野の中で読み直したい本である。

 ◇いとう・ゆきお=1952年生まれ。京都大教授(日本近現代政治外交史)。著書に『伊藤博文』『昭和天皇伝』など。

 中公新書 880円

読売新聞
2016年8月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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