『一投に賭ける 溝口和洋、最後の無頼派アスリート』 上原善広著

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一投に賭ける  溝口和洋、最後の無頼派アスリート

『一投に賭ける 溝口和洋、最後の無頼派アスリート』

著者
上原 善広 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784041027431
発売日
2016/06/29
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『一投に賭ける 溝口和洋、最後の無頼派アスリート』 上原善広著

[レビュアー] 稲泉連(ノンフィクションライター)

一人称で描く「規格外」

 本書の主人公である溝口和洋は、日本人として初めてワールド・グランプリ・シリーズを闘ったやり投げの選手である。

 ソウルオリンピックの翌年、一九八九年にはアメリカで「幻の世界記録」を投げるなど、伝説的な逸話の数々とともに引退。以後、ほとんど表舞台に出てこなかった人物という。溝口を「全身やり投げ選手」と表現する著者は、あまりに破天荒な彼の半生を描いていく。

 同じノンフィクションの書き手として引き込まれたのは、著者がこの傑出したアスリートを描く上でとった手法だった。十八年にわたったという取材が、溝口本人の一人称の形で表現されていたからである。

 〈私は一人、グラウンドに立っていた。それまでまともに持てなかったやりを握り、ひたすら限界まで投げつづけることにしたのだ〉

 といった語りによって、剥(む)き出しのプライド、豪快な性格、緻密な練習を続ける日々が描かれるのだ。

 私はその濃密な世界にみるみる飲みこまれてしまった。箸使いや性行為の際の動きまでやり投げに活(い)かそうと思考し、何度も限界を超えては次なるステージに登ろうとする姿に、異様なほどの迫力がある。常識破りな振る舞いも痛快で、なるほど、このような規格外の人物を描き切るには、「一人称」というスタイルが最も効果的であったのだ、と納得させられた。

 また、本書の魅力は様々な読み方ができることでもあると思う。繰り返し語られる溝口の練習手法は、観察し、常識を疑い、全ての過程を分解して、最も効率的で効果的なメニューを作り上げるというものだ。そのなかで「やり投げ」という競技自体の可能性を力ずくでも押し広げてしまうところがすごい。論理を突き詰めて「限界」を超えるその思考法は、自分の力を高めたいという思いがありさえすれば、どんな分野の人であっても刺激を受けるはずだ。

 ◇うえはら・よしひろ=1973年、大阪生まれ。ノンフィクション作家。著書に『日本の路地を旅する』など。

 KADOKAWA 1600円

読売新聞
2016年8月28日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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