『蠕動で渉れ、汚泥の川を』 西村賢太著

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蠕動で渉れ、汚泥の川を

『蠕動で渉れ、汚泥の川を』

著者
西村 賢太 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087716665
発売日
2016/07/05
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『蠕動で渉れ、汚泥の川を』 西村賢太著

[レビュアー] 岡ノ谷一夫(生物心理学者・東京大教授)

やるせなき青春小説

 読者は題名通りの青春の汚泥を覚悟せよ。本作は、芥川賞受賞作である「苦役列車」の前に位置する私小説だ。著者の「秋恵」連作は、北町貫多のあまりの愚かさに、読後やるせなさが残る。そのやるせなさを求めて、また読んでしまう。一方、秋恵出現以前の10代の貫多は、僕自身の野暮(やぼ)で欲求不満だった青春時代のデフォルメとして読める。僕もこうだったという思い。僕はこれよりはましだったという優越感。そして、僕はここまで破壊的なエネルギーは持っていなかったという劣等感を感じながら。

 会社社長の息子として育ちながら、父親の性犯罪によって一気に没落した経験から来る矛盾した人格を、貫多は克服できない。母親から搾取を続けながら独り立ちを気取る貫多の、自負と自己嫌悪が目まぐるしく入れ替わる。時は昭和59年末、舞台は職場の洋食屋「自芳軒」がある御徒町から下宿のあった鶯谷。バイト遍歴を重ね家賃滞納で夜逃げを繰り返す中卒17歳の貫多が、ようやく洋食屋に住み込み安定した職についたかと思いきや、またぞろやらかして結局は馘首(かくしゅ)になる話だ。一言で要約してしまうと身も蓋もない。しかし、この作品には青春小説の普遍性がひと通り押さえられている。

 17歳という年齢ゆえ、性欲と食欲と承認欲に翻弄される貫多の日々が描かれる。バイト先の女性の容姿に難癖をつけながらも、性的妄想の対象とする。挙げ句の果て密(ひそ)かに彼女の作業着のキュロットを盗み出す。相手にされないとわかった途端、心の中で罵倒する。青春の象徴的愚行である。後半、貫多は洋食屋の仕事に面白みを感じ始め、これを生業としようという意欲さえ芽生える。しかしこの意欲は残酷な形で砕かれてしまい、貫多はようやく築いた人間関係を破壊する行動に出てしまう。やはりそう終わってしまうのかと残念に感じながら、こう終わるのが貫多だよなとも思う。青春小説とは小綺麗(こぎれい)なものではなく、本来こういうものであった。

 ◇にしむら・けんた=1967年、東京都江戸川区生まれ。小説に『暗渠(あんきょ)の宿』『無銭横町』など。

 集英社 1600円

読売新聞
2016年8月28日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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