明文堂書店石川松任店「まさに《蜜》と《唾》のようなミステリ!」【書店員レビュー】
[レビュアー] 明文堂書店石川松任店(書店員)
かつて勤めていたIT企業をブラック企業だと告発した記事が雑誌に掲載された梶亮平のもとに一本の電話が掛かってくる。その相手は大学時代に家庭教師をしていた亮平の教え子であった拓海の母親、美帆子だった。亮平はかつて交通事故で亡くなった拓海の死に、罪悪感を覚えていた。
事件らしい事件は中々起こらない。ただ《美帆子は先々のことまで計算したうえで、四年ぶりに連絡を入れてきたのか。それとも雑誌に懐かしい名前を見つけて、単に電話をかけただけなのか・・・・・・。この日から二ヶ月ほど後に、一人の刑事が不審死をめぐる事件の聞き込み捜査のために、何の前触れもなく訪ねてきたとき、亮平はそのことについて思い悩むことになる》という記述が物語の冒頭付近にあり、登場人物たちの日常(登場人物それぞれは結構、深刻なものを抱えている)が綴られる中に常に不穏な空気が付き纏う。この何か起きそうで起きない胃がきりきり痛む雰囲気がたまらない。そしてこの不安を帯びた日常が、後半の衝撃的な展開で生きてくる。
病みつきになる《蜜》のような甘美さと、絡みつく《唾》のような不快さを持った作品です。