『不機嫌な作詞家 阿久悠日記を読む』
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【聞きたい。】三田完さん『不機嫌な作詞家 阿久悠日記を読む』 欲望を隠さなくなった社会に魅力なし
[文] 桑原聡(産経新聞社 文化部編集委員)
1980年の大みそか、「雨の慕情」で5度目の日本レコード大賞を受賞した43歳の阿久さんは、その翌日から日記を付け始め、死の半月前の2007年7月15日まで休むことなく書き続けた。
「27冊、のべ1万ページになる日記を、阿久さんの長男、大学教師2人、出版人、私の5人で質疑応答を重ねながら読み解き、1年半をかけ、この6月に作業が終了しました」
作詞家としてひと仕事終え、小説に比重を移し始めてからの日記であり、日本がバブル経済に浮かれた時期を挟んだ27年の記録である。何が読み取れるのか。
「作詞を始めた当初、レコード会社の担当者に『君の歌詞には情緒がないから売れない』といわれたそうです。ならば誰もやらないことをやって先頭を走ろうと仕事を続けてきた。この日記にも、新たな日記文学を創造してやろうという気概が感じられます」
独自の世界を確立するために、阿久さんは自分に対して厳しい縛りを課し、それをストイックに守り通したという。「何事も〈行(ぎょう)〉にしてしまうところがありました」と三田さんが言うように、この日記にも、情緒を排して冷静に世界と現実を見つめようという強い意志が感じられる。
三田さんは〈変装〉こそが阿久さんを理解するキーワードではないかという。
「人間はただの動物ではない。だから服を着て本能を隠している。それが〈変装〉ということかもしれません。変装しなくなった、つまり欲望を隠さなくなった社会は、阿久さんにとって魅力ないものだったのではないでしょうか」
2001年元旦にこんな言葉がある。〈テーマ どうしたら日本と日本人を好きになれるだろうか〉
死の直前、07年6月19日の記述。〈「作者の都合によりしばらく休みます」という憧れの言葉も、出てみると切ないものである〉(文芸春秋・1700円+税)
桑原聡
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【プロフィル】三田完(みた・かん) 昭和31年、埼玉県生まれ。慶応大学卒。NHKを経てオフィス・トゥー・ワンに入社。阿久悠さんのブレーンを務める。主な作品に『俳風三麗花』『俳魁』など。