『掠奪されたメソポタミア』 ローレンス・ロスフィールド著

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掠奪されたメソポタミア

『掠奪されたメソポタミア』

著者
ローレンス・ロスフィールド [著]/山内 和也 [訳]
出版社
NHK出版
ISBN
9784140093597
発売日
2016/06/29
価格
4,320円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『掠奪されたメソポタミア』 ローレンス・ロスフィールド著

[レビュアー] 月本昭男(旧約聖書学者・上智大特任教授)

人類の遺産守るには

 文明発祥の地メソポタミア(今日のイラク)は人類文化史の宝庫である。シュメル人がこの地に灌漑(かんがい)による集約農耕を発達させ、都市国家を築き、文字を考案して社会を整えるのは、今から5000年以上も前のこと。ながく居住が続いた都市の多くは丘状の遺跡となって今日に残る。そこには当時の建造物や日常品とともに、楔形(くさびがた)文字が刻まれた粘土書板や大小の彫刻品など、人類の文化遺産が今も地中に眠っている。

 欧米の調査団が20世紀前半までに発掘した文化財は、大英博物館をはじめ、欧米の有数の博物館や美術館に運び込まれたが、バグダッドのイラク国立博物館にも数十万点におよぶ文化遺産が収蔵されている。イラク戦争後の2003年、その博物館が何者かに略奪され、1万5000点もの貴重な文化財が盗難に遭った。その後、3分の1は返還されたが、残りは失われたままである。それだけではない。登録されただけでも2万5000をくだらない遺跡のなかで、とくに重要な遺跡が組織的に盗掘され、大量の文化財がブラックマーケットに流出した。

 じつは、イラク戦争がはじまる前に、このような事態を憂慮した心ある考古学者たちは、様々な経路を通じて米国国務省と国防総省に警告を発し、人類の文化遺産を保護する手段まで提案していたのである。にもかかわらず、米国指導部はそれに耳を貸そうとはしなかった。戦争は人命を奪うことに加え、人類文化の破壊をもたらさずにはおかない。本書はそうした経緯を克明に跡づけてゆく。

 イラクだけではない。イラク戦争が誘因となって起こった隣国シリアの混乱のなかで、上(かみ)メソポタミアの遺跡と文化財がなお破壊の危機にある。人類による人類文化史の「宝庫荒らし」という、悲しい現実が私たちの前に突きつけられている。文明発祥の地の文化遺産を人類は守り切れるのか。そのために私たちには何ができるのか。山内和也監訳。

◇Lawrence Rothfield=1956年生まれ。シカゴ大教授。人文学、都市開発と付随する文化遺産保護などを研究。

 NHK出版 4000円

読売新聞
2016年9月4日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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