『学術書の編集者』 橘宗吾著

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学術書の編集者

『学術書の編集者』

著者
橘 宗吾 [著]
出版社
慶應義塾大学出版会
ジャンル
総記/総記
ISBN
9784766423525
発売日
2016/07/23
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『学術書の編集者』 橘宗吾著

[レビュアー] 納富信留(ギリシャ哲学研究者・東京大教授)

裏方の苦楽生き生きと

「学術書」と聞くと、まったく縁がないと思う人も多いかもしれない。だが、新聞の広告欄を見てみよう。やや堅いが意外に面白そうな書名が目につくはずだ。学術書は、専門家だけが読む学術論文とは違い、ふつうの本として図書館で貸し出され、書店や通販で売られている。それは研究の最新成果を学界とともに社会の一般読者に届けるメディアであり、知的文化の基盤なのである。では、それを生み出す編集者とは、どんな人なのか?

 長年学術書の編集に携わってきた著者は、自らが関わったいくつかの出版物を例にして、その苦労や楽しさを生き生きと紹介する。編集とは様々な制約を引き受け、交渉しながら物を作り上げる辛抱強い作業である。時に相応(ふさわ)しい書き手を探し、時に企画の変更や書き直しを促すその仕事を、著者は「挑発」と呼ぶ。あくまで媒介者として、作者と一つの作品を生み出す共同作業は、その都度新たなチャレンジとなる。

 私にも経験がある。やりとりから宿り育った言葉は一旦編集者の懐に委ねられ、孵化(ふか)して世に出る。表情や肌触りや声音や思想や性格をそなえた、一冊の本である。

 こう聞くとおそらく、最近出版業界は不況なのではと、老婆心をもつ向きがあるかもしれない。だが、著者は各種のデータを示しながら、出版がけっして危機にないことを示す。量的な拡大ではなく、いい本だけを出版する質的発展が求められている、そう冷静に分析していく。ここには、編集者として培われた知への信頼がある。

 学術書は、広く提供され消費される一般書や文庫・新書とは違った魅力と個性をもつ。知的興奮を引きおこす一冊を手にとって、ぜひその奥深さを味わってもらいたい。その背後に編集という営みがあることも知ってもらいたい。確かに地味な裏方かもしれない。だが、そこにはドキドキする創造の現場とワクワクする可能性が、確かに存在する。

 ◇たちばな・そうご=1963年、兵庫県生まれ。名古屋大学出版会専務理事・編集部長。担当書籍の受賞は100以上。

 慶応義塾大学出版会 1800円

読売新聞
2016年9月4日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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