『昭和天皇とスポーツ』 坂上康博著/『随行記 天皇皇后両陛下にお供して』 川島裕著

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昭和天皇とスポーツ

『昭和天皇とスポーツ』

著者
坂上 康博 [著]
出版社
吉川弘文館
ジャンル
歴史・地理/歴史総記
ISBN
9784642058254
発売日
2016/04/20
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

随行記 天皇皇后両陛下にお供して

『随行記 天皇皇后両陛下にお供して』

著者
川島 裕 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784163905037
発売日
2016/08/11
価格
2,700円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『昭和天皇とスポーツ』 坂上康博著/『随行記 天皇皇后両陛下にお供して』 川島裕著

[レビュアー] 奈良岡聰智(政治史学者・京大教授)

多岐にわたる公務の実態

 昭和天皇87年の生涯をまとめた『昭和天皇実録』の刊行が、昨年開始された。現在、全19冊中7冊が刊行されているが、売れ行きは好調で、各方面からの関心を呼んでいるようだ。同書は、新事実を提示するというよりも、既存の研究や史料をバランスよく消化し、天皇の事績を丹念に追っている点に特徴がある。天皇がいつ、どこで、何をしていたのかが通覧でき、今後の天皇・皇室研究の礎となるべき成果である。

『実録』を駆使した研究が、早くも出始めている。戦前期を中心に、昭和天皇とスポーツのかかわりを論じた坂上康博『昭和天皇とスポーツ』は、その一つである。今日、天皇がスポーツに親しむのはごく自然なことだと受け止められているが、皇室とスポーツのかかわりが本格的に深まったのは、昭和天皇の時代になってからのことであった。本書は、昭和天皇が皇太孫・皇太子時代から、多様なスポーツに取り組んでいたことを明らかにしている。ヨーロッパ外遊の際に、英国でスポーツを経験し、その価値や日本における奨励の必要性を認識したこと、他方で幼少時から大相撲を好み、伝統文化の継承にも意を用いていたことなど、興味深いエピソードが多数紹介されている。

 天皇とオリンピックの関係も、目を引く。著者によれば、出場選手の競技を皇居内で観覧し、大日本体育協会に奨励金を下賜するなど、昭和天皇はオリンピック選手への支援を惜しまなかった。1932年のロサンゼルス大会の馬術で優勝した西竹一男爵(バロン西)などは、帰国後宮中に招待されている。第二次世界大戦後も、昭和天皇は数々の競技に天皇杯を下賜するなど、スポーツ振興で多大な役割を果たした。1964年の東京オリンピックで、昭和天皇が開会宣言を行ったことは、このような長年の取り組みの延長線上で理解できるだろう。2020年の東京オリンピック招致に際して、高円宮妃久子さまが活躍されたことは記憶に新しい。4年後の開催を控え、皇室とオリンピックのかかわりの歴史を振り返る意義は大きい。

 戦後の象徴天皇制のもとで、天皇の公務は国事行為にとどまらず、さまざまな形で拡大してきた。前述したスポーツ振興はその一つであるが、それ以外にも、戦没者の慰霊、外国訪問、被災地訪問など、天皇の役割は多岐にわたっている。こうした活動の実態は一般国民にはなかなか見えにくいが、川島裕『随行記』は、近年の状況を知る上で有用である。同書は、著者が宮内庁式部官長、侍従長を12年間務めた経験をもとに書かれており、記者会見でのお言葉や折々に詠まれた歌も多数引用されている。

 著者は、天皇陛下が、各分野で大きな業績を上げた人々を讃(たた)える一方で、「今現在弱い立場にある人々」の側に立つことを重要な役割と捉えているのではないかと推察している。被災地訪問の際の数々のエピソードは、著者の推察を裏付けているように思われる。サイパン、ペリリュー島への慰霊の旅についての記述も、印象的であった。天皇、皇后両陛下が、先の大戦を直接記憶する最年少の世代として、強い思いを抱かれていることが伝わってくる。

 本年8月8日のビデオメッセージで、天皇陛下は、これまで「全身全霊をもって象徴の務めを果たして」きた、と述べられている。天皇陛下に生前退位(譲位)の意向があると報じられてから、象徴天皇制のあり方や皇室典範の改正について、さまざまな議論が行われているが、どのような立場に立つにせよ、まずは可能な限り事実を把握する必要がある。実態を踏まえた論議の活性化を期待したい。

 ◇さかうえ・やすひろ=1959年生まれ。一橋大教授。著書に『にっぽん野球の系譜学』など。

 ◇かわしま・ゆたか=1942年生まれ。外務事務次官を経て、宮内庁式部官長、侍従長を務めた。

 

 ならおか・そうち 1975年生まれ。政治史学者、京都大教授。著書に『対華二十一ヵ条要求とは何だったのか』『「八月の砲声」を聞いた日本人』など。

読売新聞
2016年9月4日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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