狩りの時代 津島佑子 著  

レビュー

4
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狩りの時代

『狩りの時代』

著者
津島 佑子 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784163905013
発売日
2016/08/05
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

狩りの時代 津島佑子 著  

[レビュアー] 与那覇恵子(東洋英和女学院大教授・近現代日本文学)

◆差別意識に正面から挑む

 人はなぜ差別をするのだろうか。美や力に魅了される人間の意識や、他者より抜きんでたいという欲望そのものに差別は内在しているのだろうか。絶筆となった本作で、津島佑子はこの根源的な問いに真正面から挑んでいる。

 津島佑子には十二歳の時に、ダウン症で亡くなった三つ違いの兄がいる。初期作品には、その兄と自身の関係を投影したものが多い。社会の中で通用する知恵を欠いた兄を、妹は通常の価値観とは異なる価値を体現する者とみて向き合う。そこには健常者とそうでない者を区別する社会の眼差(まなざ)しを、文学的に変えようとする強い意思が満ちている。本書もその構図を踏まえているが、大きく焦点が当てられているのは差別する意識の在りようである。

 小説は二つの大家族の声が時空で錯綜(さくそう)し響き合って展開され、戦時中から福島の原発事故が起こった現在までの出来事を通して、その中にある無意識の差別意識を浮かびあがらせていく。ヒトラー・ユーゲントの一行を歓迎する甲府駅での式典で六歳から十二歳であった子供たちが受けた衝撃である。自分たちとは「人間の基本が違う」と感じながらも「美しく、有能な」彼らと同一化したかったという感情は、ナチスの暴力を知った戦後も続く。

 一方、戦後に生まれた子供たちはナチスが障害者や老人を「選別」した話を偶然耳にする。そして自分より能力が劣っていると思っていた者が突然、力を発揮した時に意味も考えずに「フテキカクシャ」は「殺せ」と口にしていた。美や力への羨望(せんぼう)、劣等感は差別意識と表裏一体である。この物語は非寛容な社会が広がっている日本社会の現実とも通底する。

 津島佑子は今年二月に亡くなった。最後まで弱者やマイノリティに寄り添って作品を書き続けてきた作家であった。タイトルの意味は、読んでいくとおのずと明らかになる。そんな恐怖の「時代」を回避するためにも、本書を多くの人に読んでほしいと思う。
(文芸春秋 ・ 1728円)

<つしま・ゆうこ> 1947~2016年。作家。著書『寵児(ちょうじ)』『火の山-山猿記』など。

◆もう1冊 

 野坂昭如著『俺はNOSAKAだ-ほか傑作撰』(新潮社)。「骨餓身峠死人葛(ほねがみとうげほとけかずら)」をはじめ、昨年他界した著者ならではの作品など十一篇。

中日新聞 東京新聞
2016年9月11日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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