『狩りの時代』 津島佑子著

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狩りの時代

『狩りの時代』

著者
津島 佑子 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784163905013
発売日
2016/08/05
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『狩りの時代』 津島佑子著

[レビュアー] 松山巖(評論家・作家)

差別なき世界を願う

 本長篇(へん)は津島佑子の最後の作品だ。読み始めは登場人物の関係が掴(つか)み難いが、読み進むうちに本長篇は、太平洋戦争開始直前の時代から現代まで、絵美子と母カズミの一族、しかも大家族の歴史を描いたと理解できるだろう。

 一族にとり特に二つの大きな事件がある。一つは日独伊防共協定に伴う親善の使節団としてヒトラー・ユーゲントが来日した際に起きる。使節団が母カズミの実家のある山梨を訪れた折、カズミの二人の弟と妹の三人は駅まで見物に出かけ、金髪と青い目の少年たちを眺め、憧れからたわいないが、人には話せぬ事件を起こす。

 今一つの事件は戦後、絵美子が十歳の頃、従兄弟(いとこ)の晃か秋雄かが「フテキカクシャ」という言葉を囁(ささや)いたという曖昧な記憶だ。絵美子の兄で、ダウン症で言葉も満足に話せず、やがて十五歳で亡くなる耕一郎の姿を眺め、どちらかが絵美子に発した言葉だ。この言葉を絵美子は高校生になり、ヒトラーの優生思想に基づくと知り、恐怖を覚える。耕一郎など先天的な障害者を差別し、抹殺する言葉だったからだ。二つの事件は人種や肉体による差別から生じている。やがて絵美子は伯父で核物理学者の永一郎の住むシカゴからボストンやパリなどに出かけ、黒人差別、ゲイ差別など様々な差別が世界に満ちている事実を肌で知るようになる。

 本篇で作者が訴えるのは表題通り〈狩りの時代〉がナチスだけではなく、平和な時代であれ、今も続く事実だ。日本でも七月に相模原市の障害者施設で入所者十九人が殺害される凄惨(せいさん)な事件が起きた。その上、様々な差別を増幅させる動きは今後も世界各地で起きるだろう。

 作者は絵美子を本人に設定し、あたかも私小説のように母方の一族を素材にしたと推理できるだろう。しかし本篇はあくまで物語なのだ。

 津島佑子は物語の力を信じ、終章で老いた永一郎が語る原発廃絶と共に、私たちが今後も考えるべき差別問題を渾身(こんしん)の絶筆で示したのだ。

 ◇つしま・ゆうこ=1947~2016年。東京出身。小説に『ジャッカ・ドフニ 海の記憶の物語』『光の領分』など。

 文芸春秋 1600円

読売新聞
2016年9月11日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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