『テロ』 フェルディナント・フォン・シーラッハ著

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テロ

『テロ』

著者
フェルディナント・フォン・シーラッハ [著]/酒寄進一 [訳]
出版社
東京創元社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784488010560
発売日
2016/07/10
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『テロ』 フェルディナント・フォン・シーラッハ著

[レビュアー] 納富信留(ギリシャ哲学研究者・東京大教授)

「有罪」「無罪」二つの筋

 黒と白で反転する「テロ」のタイトル。赤帯には「英雄か?罪人か?」の文字。インパクト十分な装丁である。国内線の機内にこの戯曲を持ち込んだ私は、周囲を気にして思わず表紙を裏返して読んだ(編集者さん、済みません)。

 2013年ドイツで旅客機がハイジャックされ、サッカー競技場が標的になる。空軍少佐ラース・コッホは命令に背いて旅客機を撃墜し、7万人の生命を救う。だが、乗客164名を殺害した罪で裁判が始まる…。この法廷劇では上演劇場の観客が「参審員」となり、有罪か無罪かを評決する。そのため、判決の言い渡しも二つの筋で用意されている。私たち普通の市民が裁判の場に臨席し、巻き込まれた人間たちに出会い、一人の人間として被告人の運命を決める力をもつ。被告人や弁護人や検察官らが弁論をくり広げる法廷は一つの舞台である。だが、この現実もまた舞台ではないか。演劇は日常よりもリアルな現実を私たちに突きつける。

 論争の焦点は、多くの人を救うために無辜(むこ)の人間を殺害して良いかという点にある。ドイツの連邦憲法裁判所は許されないと判断した。では、憲法という原則を遵守(じゅんしゅ)すべきか、超法規的措置として容認すべきか。人間の尊厳を原理に据えるカントと利害を比較考量する功利主義との哲学上の対立となる。モラルの問題に確かな答えはない。だが、懐疑主義者カルネアデスのように、両論を示して済ませるわけにもいかない。複雑な現実は理論では割り切れない。一人ひとりが人間としてこの事態に直面し、黒白を決定しなければならない。

 テロとは平時、つまり非戦時下で突如日常を攻撃し破壊する暴力である。それにどう人間的に立ち向かうべきか。恐ろしい出来事がいつ現実となるかわからない世界に、私たちは生きている。潜在する現実は、フィクションの言論で現前化する。想像力が必要である。そして、私たちは判決を迫られる。酒寄進一訳。

 ◇Ferdinand von Schirach=1964年、独・ミュンヘン生まれ。弁護士、作家。著書に『犯罪』など。

 東京創元社 1600円

読売新聞
2016年9月11日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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