『見えざる手をこえて』 カウシック・バスー著

レビュー

0
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

『見えざる手をこえて』 カウシック・バスー著

[レビュアー] 柳川範之(経済学者・東京大学教授)

貧困、不平等なくすには

 タイトルにある「見えざる手」は、近代経済学の父とも言われるアダム・スミスが市場メカニズムを「神の見えざる手」と呼んだのにちなんでいる。つまり、本書が目指すのは、市場経済だけではなく、より幅広く社会全体を見据えた経済学の構築だ。

 単なる市場原理主義批判の書ではない。市場経済自体に限界があることは、ほとんどの経済学者が認識している。市場を批判するだけではなく、市場の問題を解消したり軽減したりする有意義な仕組みを提案しなければ、真の問題解決にはならない。

 そのためには、法律や政治システムも包含したより幅広い社会科学の理論的枠組みを構築する必要がある。また、単に規制をすればすむ、新しい法律をつくれば、それで市場の問題が解決というわけにはいかない。規制や法律一つとっても、それが政治的プロセスでどのように決定されるのか、実際の運用はどうか、裁判官はどう判断を下すかなどを考えたうえで、仕組みをつくっていくことが必要だと強調されている。

 ただし、抽象的な問題意識によってのみ構成されている本でもない。インド生まれの著者は、貧困や不平等に対する強烈な問題意識と鋭い現実感覚を備えている。その問題意識から生み出されている理論や分析であるが故に、その記述には強い説得力があるのだろう。

 著者自身も述べているように、本書は、派手な政策提言を声高に主張するために書かれたものではない。しかし、そうであるが故にむしろ、最後に書かれている、一定の所得水準を下回っている人には、社会が生み出す利潤の部分的請求権を与えるべきではないか、という主張が心に迫る。

 このような政策の弊害や問題点も十分に承知したうえで、絶対的な貧困に対する処方箋を考え続けている著者の主張は一考に値しよう。栗林寛幸訳。

 ◇Kaushik Basu=1952年、インド生まれ。世界銀行上級副総裁・主席経済学者、コーネル大教授。

 NTT出版 3700円

読売新聞
2016年9月11日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加