最高権力者=現首相の本質に迫る

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この国を揺るがす男

『この国を揺るがす男』

著者
朝日新聞取材班 [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784480864444
発売日
2016/06/07
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

最高権力者=現首相の本質に迫る

[レビュアー] 青木理(ジャーナリスト)

 このところずっと、新聞の元気のなさが気になっている。全国紙でいえば、過半の新聞は政権の提灯持ちと化してしまっている。かろうじてファイティングポーズをとっている他の新聞にも、目が覚めるような記事がなかなか出ない。さまざまなオピニオン記事がもてはやされる一方、新聞らしくファクト=事実をえぐり出す取材機能が弱っているように思えて仕方ない。オピニオン記事の充実自体は決して悪いことではないが、これはやはりさみしい。

 もっともらしい理由はいくつも挙げられる。ネットの隆盛などに押され、業界としての新聞経営が長期低落傾向を余儀なくされる中、余裕のなさが現場にも広がっている。そのネット対応などにも追われ、個々の記者たちは猛烈に忙しい。しかも世のメディア不信は根強く、批判に耐えようとコンプライアンスなどの管理強化も進んでいる。

 これに加えて業界の雄・朝日新聞の場合、一昨年に巻き起こった異様なバッシングのダメージがいまも残っている。誤報が批判されるのは当然にせよ、「売国」やら「反日」やら「国益を損ねた」などという罵声を浴びせることの問題点は、すでに私も指摘したので繰り返さない(たとえば拙著『抵抗の拠点から――朝日新聞「慰安婦報道」の核心』〔講談社刊〕を参照)。ただ、異様かつ猛烈な朝日バッシングの余波は他のメディアにも影響し、各所で萎縮現象を引き起こしているのではないかと私は憂う。

 いうまでもないが、メディアとジャーナリズム最大の使命は取材によってファクトを発掘し、提示すること。もうひとつは権力の監視。いくら苦境に置かれているといっても、いまなお圧倒的な取材網を擁する新聞に頑張ってもらわねば世は暗い。

 そんな中、当の朝日記者たちがメディアとジャーナリズムの使命に沿う仕事に真正面から挑んだのが本作品である。薄っぺらな論評やオピニオンは徹底的に排し、取材によってつかみだしたファクトのみを提示して最高権力者=現首相の本質に迫っていく。系譜。生い立ち。政治思想。政策の成立過程。本作品を読めば、現首相=安倍晋三という男と政権の輪郭が鮮やかに浮かぶ。

 余談に属するかもしれないが、かつて新聞業界で禄を食み、現在はフリーランスの物書きになっている私には、新聞記者の手によるルポルタージュの強みと弱みの双方がよく分かる。

 まずは強み。新聞の取材力と組織的取材網は、弱ったとはいっても、いまなお他のメディアの追随を許さない。本作品も、手練れのベテラン記者が五人も取材に参加した。しかも政治部に経済部の記者まで加わっている。その記者たちが首相の地元・山口県に飛ぶ一方、政治部記者らしい政権内部のインサイドストーリーを発掘し、現政権の経済政策――いわゆるアベノミクスと呼ばれる政策の内実まで描き出す。

 このようなことは、フリーランスの物書きには不可能であり、専門性のあるベテラン記者を贅沢に投入できる新聞ジャーナリズムだからこそ成し遂げられる仕事である。

 もちろん弱みもある。妙な客観性を要求される新聞の記事は、論評やオピニオンを排するといえば聞こえはいいが、時に総花的になったり、あるいは読者をぐいぐいと惹きつける書き手の情念や執念のようなものが希薄になる。まして現政権とその周辺者は朝日新聞を露骨に嫌悪し、すきあらば攻撃しようとしているから、記者たちはどうしても慎重になるだろう。

 それでも本作品は、困難な状況の中、現首相と現政権の本質を徹底取材によって真っ向から描き出そうとした勇気あるトライアルである。こうした記者たちの存在が日本の新聞ジャーナリズムのかすかな希望であり、これに他の記者たちも続々と連なっていくことを切に願う。

ちくま
2016年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

筑摩書房

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