【聞きたい。】石井妙子さん『原節子の真実』 バーグマンに憧れたものの…
[文] 高橋天地
「国民的大女優がファンに何も告げず銀幕の世界を静かに去った理由とは? 皆さんであれこれと考えてもらえたらうれしい」
8月に本作で新潮ドキュメント賞を射止めたノンフィクション作家が題材に選んだのは、昭和38年に女優を引退後、隠とん生活を選び、その生活ぶりが厚いベールに包まれていた原節子さん(1920~2015年)だった。
あまりにも鮮やかな引き際を不思議に思った石井さんは原さんの全人生を振り返ったうえで、原さんが何を望み、引退は何に突き動かされたものだったのかを多角的に考察。インタビュー記事など膨大な資料を3年半かけて読み込み、大女優の実像に肉薄した。
石井さんは「原さんが女優になろうと考えたのは苦しい家計の助けになれば―という消極的な理由によるもので、本当は他の道に進みたかった」と指摘。また映画での華やかな活躍は、私生活で多くの犠牲を払わねばならないものであったと負の側面を紹介する。
「原さんが思いを寄せていた男性との恋愛も、結婚もあきらめた。出演作の撮影中、不慮の事故でカメラマンの実兄を失った。深夜に及ぶ過酷な撮影の連続で体をこわし、照明の影響で左目の視力も弱くなってしまった」
世間では原さんの代表作とされる名匠、小津安二郎監督(1903~63年)らの作品群も、原さん本人にすれば意に沿わない役どころばかり。懸命に演じてはみたものの、とりわけ思い入れがなかったことも本書で浮かびあがる。
原さんのあこがれの女優といえば、自立した強い女性を格好良く演じきるスウェーデンのイングリッド・バーグマン(1915~82年)。原さん自身も自ら人生を切りひらく強いヒロイン役を切望していたのだった。では、原さんはなぜ夢を追わなかったのか。
「年を重ね、輝ける時期が過ぎた女優がヒロインの座に恋々と固執するのは本意でなかった。それがきっと原さんの美意識だったのでしょう」(新潮社・1600円+税)
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■石井妙子
いしい・たえこ 昭和44年、神奈川県生まれ。著書に『おそめ』など。