芥川賞受賞で35万部! 「火花」を除けば異例の売れ行き
[レビュアー] 倉本さおり(書評家、ライター)
芥川賞。それはある種のお祭りだ。近年では発表の様子や受賞コメントがネット上でライブ中継され、瞬間的な熱狂度はますます高まっている。一方で、その熱量が持続しない、あるいは実際の購買になかなか繋がらないのが業界の悩みだったわけだが─今、ちょっとした異変が起きている。
村田沙耶香『コンビニ人間』、累計35万部。同じコンビニで18年間バイトし続ける主人公の視点から、グロテスクかつコミカルな日常を鮮やかに活写したこの作品、7月27日の発売後にオリコンランキングの総合部門(ここ重要)で1位を獲得するや、以降も連続で首位をキープするなど快調に売れ続けている。その人気に応えるべく、都内のコンビニで行われたサイン会には、平日の昼間にもかかわらず130人のファンが詰めかけた。
「とはいえ、実はあまり特別なことはしていないんです」とは宣伝担当者の弁。強いていうなら受賞直後に村田氏の短いインタビュー動画をツイッター上にアップしたくらい。ここまでのムーブメントが起きるとは予測していなかったという。
また、書店員も「又吉直樹『火花』を除き、近年の芥川賞の中では異例の売れ行き」と興奮気味に語る。「何が素晴らしいって過去作も飛ぶように売れている点。直近の単行本が売れているのも珍しい」。それだけ作家に対する読者自身の期待値が高いということでもある。
「小学生の女の子がお父さんに連れられて問い合わせに来たときにはジーンとしました。いわゆる現代の純文学の作品が、そういうお客様の視界にもちゃんと入るようになったんだな、と……。もちろん店内で〝ラストがすっきりしない〟みたいな会話をしている方もいらっしゃいますが、そもそもそういう会話が書店で聞けるようになることが大事なんでしょうね」(同)
又吉フィーバーの際、「祭りのあと」を懸念する声も多かったが、いずれにせよ花火とは囲い込んで愛でるものではない。すべての人々の暮らしと地続きにある「コンビニ」から文芸が返り咲くのだとしたら、前途は明るい。