『医師の感情』 ダニエル・オーフリ著

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医師の感情

『医師の感情』

著者
堀内 志奈 [著]
出版社
医学書院
ジャンル
自然科学/医学・歯学・薬学
ISBN
9784260025034
発売日
2016/05/30
価格
3,456円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『医師の感情』 ダニエル・オーフリ著

[レビュアー] 柴田文隆(読売新聞社編集委員)

不安と恐怖を直視する

 医師は、感情に溺れず常に冷静であることを求められる。一方で、血の通わない診断ロボットになるな、患者に寄り添える人であれと教育される。だが医師も生身の人間だ。

 救えなかった命に対する自責の念、自信喪失、激務による心身の疲労、最善を尽くしても避けられない訴訟への恐怖……。こうした危機にさらされながら、医師が誠実さを失わず、燃え尽きず、成長していくのは容易でない。

 米国最古の公立病院で内科医として働く著者は言う。この不安と恐怖は「度を超さなければ、他人のケアにあたるうえで欠かせない畏敬の念と緊張感を保つ役割を果してくれる。私達(たち)医師は不安や恐怖をきちんとしまいこんでおかなくてはならないが、その感情を殺してしまってはいけないのだ」と。臨床の現場で医師たちが日常的に襲われるこうした感情の問題は、個々の医師に解決を丸投げしてすむような問題ではない。社会システムとしての医療、患者の利益を考える時、目をそらしてはならないテーマなのだ、と著者は考える。

 本書では、医師の心の問題を病院ぐるみで支援し成果を上げた事例なども紹介されている。だが無論、この問題に即効薬はない。

 全ての患者に共感できるスーパー医師を望んでも仕方ない。著者にも、頻繁に来院しては「今までで最悪の腹痛」「最大の頭痛」と毎回訴える常連さんがいる。著者は共感することの難しさを率直に認めたうえで、なお「そのうちの一つが本当になにか深刻な、命にかかわるような異常のサインである可能性がないとは言えない」と注意を怠らない。この職業的愚直さこそ、患者への慈しみなのだと思う。

 医療とは聴診器の両端で人と人がなす共同作業だ。「患者がどのような病を患っているかを知るよりも、どのような患者が病を患っているのかを知ることの方がはるかに重要である」という言葉が心に残る。堀内志奈訳。

 ◇Danielle Ofri=内科医。ニューヨーク大医学部准教授。雑誌に寄稿、ノンフィクション、エッセーの著作も。

 医学書院 3200円

読売新聞
2016年9月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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