松任谷由実「くるりへの伝言」

レビュー

4
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くるりのこと

『くるりのこと』

著者
くるり [著]/宇野 維正 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103502715
発売日
2016/09/16
価格
1,404円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

くるりへの伝言

[レビュアー] 松任谷由実(シンガーソングライター)

 2009年の12月、私とくるりは1枚のシングルをリリースしました。タイトルは『シャツを洗えば』。アパレルブランド、GAPのキャンペーンソングとして制作した、「くるりとユーミン」名義のコラボ作品です。

 くるりとの共演は、2005年にフジテレビの「松任谷由実のオールナイトニッポンTV」という特番に岸田君を招き、ギターの弾き語りで私の『12月の雨』を歌ってもらったのが最初。さらに2009年には、彼らのトリビュートアルバム『くるり鶏びゅ~と』で、今度は私が『春風』をカバーしています。

 前々から気になっていたくるりとの2度の共演を経て、次に舞い込んできたのがキャンペーンソングのお話でした。

 彼ら二人へのインタビューで構成された、この『くるりのこと』には、「ユーミンの伝言」というパートで、『シャツを洗えば』を共作する際のエピソードが描かれています。その中で、岸田君が「歌詞の書き方については徹底的に直された」と語っているのですが、あえて「徹底的に」したのには理由がありました。それは、せっかくのコラボなんだから、くるりと私でがっぷり四つに組んで曲作りをしたかったから。半分冗談ですが、岸田君を一人で放っておくと、電車の歌ばかり作ってしまいそうだし。

 まず、事前に岸田君が作っていた複数の候補曲から、一番キャッチーな曲を選びました。それは、メジャーで少し重めのシャッフル。そこに三人共作の歌詞をつけるんです。

 歌詞を書くときに二人へ伝えたのは、「抽象的なことよりもリアル、それも日常のリアルを切なく歌に落とし込んだら」ということでした。日常にこそ、書くべきことがあると。

 じゃあ、どんな日常のリアルを書けばいいのか、となったときに、私が実生活で凝っていた「洗濯」が思い浮かびました。当時、海外の洗剤を何種類も手に入れて、実際にそれで洗濯しては、その仕上がりを楽しんでいたんですね。そんなことを口にしたら、ふと、晴れた日に洗濯したシャツを男の子が干してるような、さわやかなイメージが頭に浮かんだんです。GAPと言えばシャツだし、それも洗いざらした白いシャツ。曲が少し重めなんだから、なおさら歌詞は爽快なものにしようって、話がまとまりました。

 オケのレコーディングをほぼ終えた頃、歌詞の仕上げは岸田君に頼みました。私がさらに注文をつけると、彼が「1時間下さい」と言うので、佐藤君としばらくスタジオの外をうろつくことに。タイミングを見計らって戻ると、さすが、ほんのわずかな時間で素晴らしい歌詞を完成させていました。

 逆に、私の方が徹底的に直されたのは、サビのオブリガート(助奏)を歌うときの、音符の付点の長さ。普段のレコーディングなら、気にならないような違いだったのですが、岸田君と佐藤君はかなりこだわっていたようです。その付点による撥ね方がくるりのグルーブなんだと理解して、私も徹底的にそれにつきあいました。

 そうしてリリースされた『シャツを洗えば』は、今でも私の大好きな曲。くるり以外にもコラボした作品はいくつもありますが、その中でも最上級に好きなんです。

 くるりの二人とそんな時間を過ごす中で、私が改めて気づいた彼らの魅力は、独特の浮遊感でした。それは特に、コードのルート音に留まらない演奏をする、佐藤君のメロディアスなベースに負うところが大きい。そこに、ヤスリのかかっていない無垢な岸田君のボーカルとギターが重なると、何ともいえない「あの雰囲気」が生まれるのだと思います。

 この『くるりのこと』を読んでみると、あの時の出来事を思い出すとともに、デビュー時からずっと変わらずに進化を続けている二人に驚かされます。ヒットが出ない、CDが売れない、と元気がないように見える日本の音楽シーンだけれど、「くるりがいるから大丈夫」と思えてくるんです。

 今年の11月、私は38作目のオリジナルアルバム『宇宙図書館』をリリースします。長いキャリアを重ねてもなお、ひとところに留まらず、私もまだ進化できると信じているし、それをこのアルバムで証明するつもりです。

 まだまだ、くるりの二人には負けられません。

新潮社 波
2016年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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