浅生鴨×吉田尚記・スペシャルトーク なぜ〈中の人〉は小説を書きはじめたのか

対談・鼎談

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

アグニオン = aigne íon

『アグニオン = aigne íon』

著者
浅生, 鴨, 1971-
出版社
新潮社
ISBN
9784103501718
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

『アグニオン』刊行記念トーク 浅生鴨×吉田尚記/なぜ〈中の人〉は小説を書きはじめたのか

01
浅生鴨氏(右)

浅生 こんばんは。浅生鴨です。ペンネームの由来は「あ、そうかも」。僕の口癖のダジャレです。

吉田 二葉亭四迷がくたばってしまえ、みたいなやつ? ていうか鴨さん、何でパワーポイント用意してるんですか!?

浅生 広告業界にいた時のクセで、何か話せと言われるとつい「現状の把握」とか「市場の動向」とか、プレゼンするみたいにスライドを作ってしまい……。

吉田 それ小説家がトークイベントでやることじゃないでしょ! で、本日のお題は「なぜ中の人は小説を書きはじめたのか」。確かにツイッター関係のビジネス書ならわかるけど、どうして小説を?

浅生 答はこれ(パワポをクリック)。

――「発注されたから」

――「以上です」

――「あとは吉田さんにお任せします」

吉田 おいおい、待ってよ! まだ始まって一分も経ってないじゃーん(笑)。

浅生 これで僕のお役目は終わりです。

吉田 そんなこと言って、まだ続きがあるんでしょ?(横からクリック)

――「流転の職歴 流通、ゲーム、イベント、レコード、IT、音響照明、映像制作、デザイン、CM、放送」

吉田 うわっ。NHKに入る前にも、ホントに色んな仕事していたんですね。

浅生 最初の流通というのは、要するに実家の近所のスーパーのバイトで野菜や冷蔵品の陳列をしてたんですが、その頃から「サスケ」みたいなマイナー商品を勝手にプッシュしたりしてましたね。

吉田 懐かしい~。子どもの頃、そんな清涼飲料ありましたよね!

浅生 そのあと某大手ゲーム会社に入るんです。サウンドデザイナー募集の求人が出てたから、僕は音楽もやってたので自作の曲を持って面接に行ったんですよ。この場で聞いて下さいってお願いしたら、プログラミングとかできる? って聞かれて。当然できやしないんですけど「はい」って答えたら即採用決定。帰りに『プログラム入門』みたいな本を買って、土日に必死で勉強ですよ。

吉田 いやいやいや……、普通そんなので間に合わないでしょ。

浅生 でもまあ、一応、それで、ゲームの仕事を始めました。声優の女の子が「うん」「うーん」「うんっ」みたいな感じで声色を変えた大量の音声データを、ひたすら編集するのが仕事。でも僕は下っ端だから一体何をやっているのか全然わからない。完成してびっくり、恋愛シミュレーションゲームだったんですね。

吉田 ときめいたり、メモリったりする大ヒット企画ですね。それでウハウハ?

浅生 いや、じきに辞めて。でもこのゲーム会社には都合三回就職しましてね。

吉田 なんですか? その宇多田ヒカルの両親みたいな関係は!

浅生 二回目は音響監督のようなことをやっていたのですが、そのあと音楽ゲームが大流行するんですよ。

吉田 ありましたね~。ビートでマニアだったりダンスでダンスで。

浅生 それに関わるうちにポスターや広告をつくったり、プロモーションビデオも作るようになりまして。

吉田 なるほど、それでNHKへ?

浅生 いやその前にもいくつか転職したあと、しばらく仕事のない時期がありまして。というのもバイクに乗ってトラックに衝突する大事故に遭ったんですよ。内臓もたくさん破裂して脚も切断され、一生車椅子の生活だろうと言われました。

吉田 えっ、ええーっ?

浅生 そこから手術でなんとか回復して、リハビリして、なんとか歩けるようになり、NHKのディレクター職に採用されたんですよ。最初に配属されたのが「週刊こどもニュース」。

吉田 池上彰さんがお父さん役でキャスターを務めていた頃ですよね。

浅生 その番組のプロデューサーがスパルタなお方で、入局したての僕に「じゃあさっそく、今週末の番組作ってみて」と。その日の帰りに『テレビ制作入門』みたいな本を買って猛勉強……。

吉田 どこ行っても、やってること同じじゃないですかー(笑)。

浅生 本読んでもサッパリわからないから、先輩が書きかけの台本を深夜にこっそり盗み見して書き写すんですよ。他人の考え方を追体験して、番組づくりの流れとノウハウを体で覚えていくんです。

吉田 なるほど写経かぁ。コンピューターのプログラマーも、コマンドを全部タイプして体で覚えるって言いますものね。

浅生 それで番組を作るようになったのですが、ある時期から広報に異動して、番組宣伝やポスター制作を始めたのです。地デジのPRミニドラマとか、老人漂流社会とか、いじめ防止キャンペーンとか。僕に来る仕事はその系統ばっかりで、あんまりドラマや大型番組はなかったですね。「あまちゃん」もやりたかった……。

吉田 ここで公式ツイッターを開設して、NHKの「中の人」になったわけですね! そこでの体験を『中の人などいない』(新潮文庫)に書かれて、その次に、どうして小説を書こうと思ったのですか?

浅生 発注されたからです。

吉田 またそれかー(笑)。そもそもこの経歴で、なんで小説を書かせようと思ったのか謎です。発注者は誰ですか?

浅生 某「群像」という雑誌で、「はじめての小説」の特集をやるから、書いてみませんか、って。とても無理だと思って一度は断ったのですが……。

吉田 断ったんですね!? これまでの流れからいくと、帰りに本屋で『小説の書き方』を手に取りそうですが(笑)。

浅生 もう一度お願いされたんですよ。僕は人に仕事を頼まれると、がっかりされるのが怖くて断れない体質なもので、断り続けるぐらいなら書いてしまえ、と思って書いた短編小説が「エビくん」。

吉田 書いてみたら楽しかった?

浅生 いやあ、それどころじゃなくて、納期に間に合わせるのに必死で……。

吉田 納期? 普通、小説家の人は納期なんて言葉は使いませんよー。

浅生 しかも、一定の品質を持っていなければならないし……。

吉田 そういえば、放送業界で納期といえば絶対厳守で、遅れると多大な迷惑がかかってしまうじゃないですか。だから僕も初めて本を書いたときは徹夜徹夜で死ぬ気で書き上げたわけですよ。そしたら受け取った編集者は、ホントに書けたんですか?って(笑)。

浅生 僕もだんだん本当の納期がわかってきて、連載中はご迷惑おかけしました。

吉田 で、2作目が『アグニオン』。どうしてSF的な話になったんですか?

浅生 自分でもよくわからないんですよ。とにかく未来の物語をあれこれ構想しているうちにどんどん話が長大になっていって、まず最初に原稿用紙500枚ほどの話を書いたんですよね。いま本になっているストーリーの100年ほど前が舞台です。で、それを読んだ担当の佐々木さんが、「この最後に出てくるユジーンという少年がいいですね。この人を主人公にして、ゼロから書きませんか?って」

吉田 ええっ? 意味わかんない……。

浅生 でも確かにその通りだなと。前の500枚があると引き摺られるから、原稿は全部シュレッダーに突っ込んで。

吉田 うわー、もったいなーい!

浅生 僕は終わったモノは残さないんですよ。昔つくったCDなんかも、ほとんど手元にありません。でも今回は原稿がまだ残っていたので写真をお見せしますね(パワポをクリック)。

吉田 手書き原稿ですか? プログラム組めて、CGとか作れるんですよね?

浅生 手で書くと勝手に書けるんです。自分で考えるより先に文字が出てくる感じで、脳とのダイレクト感が違う。それをパソコンで入力すると、その段階で推敲できます。つまり僕にとって最初の手書き原稿は「撮影」、パソコンで打つのは「編集」なんです。最後のゲラで直すのは「ポスプロ」。テロップや効果音をつける作業に近い感覚です。

吉田 なるほどー。

浅生 ドラマの撮影みたいに、ワンカットごとに断片的に書いていくので、必ずしも順番に書いてない。最初の頃なんて、ポストイットに書いてましたから……。

吉田 ポストイットで小説?

浅生 まだNHKに勤めていた頃は、通勤のバスの中が執筆時間でしたので。辞めてからは原稿用紙に書くようになりましたが、各シーンのつながりが複雑すぎて、仕事場に宇宙暦の年表を貼り出し、巨大なホワイトボードで物語の断片を編集していましたね。

吉田 まるで映画の撮影現場ですね。

浅生 かかわっている人数が違うだけで、僕の中では映像も小説もやってることはあまり変わりません。小説のほうがマラソンに近くて、終わると本当にぐったり疲れますが。

吉田 書き方はわかりましたが、最後に内容についてお話してくださいよ。

浅生 まだ会場には読み終えていない方も多いと思うので詳しい内容は控えますが、ひとつだけ人に言われて気づいたことを。東日本大震災の直後も、僕はNHKでゆるいツイートを止めなかったんですね。それでずいぶん叩かれたのですが、その時に僕はこう書いたんです。「不謹慎ならあやまります。でも不寛容とは戦います」と。僕はどうやらこの小説で、寛容と不寛容とか、悪意との戦い方について書きたかったんだなと、書き終えてみてはじめて気づいたわけです。

吉田 今回の小説は、360ページ以上もある長いお話ですが、140字でツイートするとこうなる?

浅生 そういうことだと思いますね。長い時間、ありがとうございました。

  八月三十一日 神楽坂ラカグにて

新潮社 波
2016年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク