『ゆけ、おりょう』 門井慶喜著

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ゆけ、おりょう

『ゆけ、おりょう』

著者
門井 慶喜 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784163905020
発売日
2016/08/10
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『ゆけ、おりょう』 門井慶喜著

[レビュアー] 奈良岡聰智(政治史学者・京大教授)

龍馬没後もう一つの愛

 坂本龍馬の妻おりょう。京都伏見の寺田屋で幕吏に踏み込まれた際、浴室から飛び出して龍馬を救ったという劇的なエピソードでよく知られている。この事件の後に行った鹿児島旅行は、日本初の新婚旅行とも言われている。恋愛で結ばれた二人は、よほどウマが合ったらしい。龍馬は姉に宛てた手紙の中で、おりょうのことを「まことにおもしろき女」と表現している。

 司馬遼太郎の名作『竜馬がゆく』以来、おりょうの人間像は歴史小説の中で繰り返し描かれてきた。テレビドラマにもよく登場しており、自由で快活な美女という彼女のイメージは、かなり広く行き渡っている。本書も、こうした従来のイメージを基本的には踏襲している。そのため、目新しいおりょう像を期待する向きには、やや物足りなさが残るかもしれない。しかし、可能な限り史実に基づきながら描き出された「門井版おりょう」は、実に魅力的である。おりょうから見た龍馬像や、ふたりの「愛のかたち」についても、丁寧に描写されている。それでいながら文章は軽快で、一気に読ませる。

 おりょうの後半生を描いた最終章が、秀逸である。龍馬の暗殺後、おりょうは土佐の坂本家を飛び出し、各地を転々とした末に、甲斐性(かいしょう)のない西村松兵衛という商人と再婚した。彼女は落魄(らくはく)し、失意のうちに亡くなったと思われてきたが、著者はそのような見方を取っていない。おりょうにとって龍馬死後の生活は余生ではなく、再婚生活にもう一つの「愛のかたち」があったと考えるのだ。かくして著者は、龍馬の添え物のように扱われがちであったおりょうを、自立した個として救い出す。

 残念ながらおりょうについて知る手がかりは、龍馬が実家に宛てた手紙や彼女自身の語り残した談話など、ごくわずかしか残されていない。限られた史料を深く読み込んで彼女の個性に迫り、文学作品として昇華させた著者の力量に感服させられる。

 ◇かどい・よしのぶ=1971年、群馬県生まれ。作家。『家康、江戸を建てる』が今年7月の直木賞候補に。

 文芸春秋 1600円

読売新聞
2016年9月25日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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