『クラフツマン 作ることは考えることである』 リチャード・セネット著

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クラフツマン

『クラフツマン』

著者
リチャード・セネット [著]/高橋 勇夫 [訳]
出版社
筑摩書房
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784480864451
発売日
2016/07/25
価格
4,320円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『クラフツマン 作ることは考えることである』 リチャード・セネット著

[レビュアー] 岡ノ谷一夫(生物心理学者・東京大教授)

文明を読み直す視点

 スマホ依存の若者を私は批判するが、私とてパソコンなしで書評は書けない。指の動きとして文字を出力することが思索になってしまった。それ以前の時代には鉛筆と紙が同様の機能を果たし、遡れば、言葉でさえも身体と声を道具として思索を拡張した技術であると言える。

 本書は「作る人」という視点からの文明史である。ハンナ・アレントの弟子であった著者は、彼女が仕事に従事する人間を「労働する動物」と「工作人」の2階層に区分したことに違和感を持った。この違和感を「作る人」として解消してゆく過程が本書である。

 著者の博覧強記について行くのは骨が折れるが、楽しい体験である。ストラディバリの工房が疑似家族として技能伝達を図ったこと、同様なことがロストロポーヴィチの教室でも試みられたことを私は知った。陶芸や煉瓦(れんが)作り、ガラス作りに関して歴史的な洞察が開陳される。いずれも暗黙知を伝えることの困難さを語るが、この困難さは直感的飛躍として克服され、力を抜くことの大切さが共通項として浮上する。

 作る人は「仕事をそれ自体のために立派にやり遂げる」。これに加え、作業の合間に内省する習慣と、広く意見交換をする態度により、作る人は近代化する。作業の手段と目的を問い続けることで、例えばマンハッタン計画で起きたような倫理的な問題は避けることができるはずだ。競争と規制により研究者を制御しようとする現代日本の傾向は、作る人の理想に反する。為政者にはこのことに気がついて欲しいものだ。

 私たちは情報技術による暮らしと仕事の変革の渦中にいる。これを人間のさらなる躍進の契機と捉えるか、人工知能による人間支配の始まりと捉えるか。本書が与えてくれる慧眼(けいがん)は、人間は道具を身体的技術として取り込むことで文明を築き思索を深めて来たという事実である。道具が知性をも拡張しつつある今、作る人という視点で文明を読み直してみよう。高橋勇夫訳。

 ◇Richard Sennett=1943年、米シカゴ生まれ。社会学者、作家。著書に『権威への反逆』など。

 筑摩書房 4000円

読売新聞
2016年9月25日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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