『初期社会主義の地形学(トポグラフィー) 大杉栄とその時代』 梅森直之著

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初期社会主義の地形学(トポグラフィー)

『初期社会主義の地形学(トポグラフィー)』

著者
梅森 直之 [著]
出版社
有志舎
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784908672057
発売日
2016/09/02
価格
5,832円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『初期社会主義の地形学(トポグラフィー) 大杉栄とその時代』 梅森直之著

[レビュアー] 安藤宏(国文学者・東京大教授)

変革促す「文の力」

 大杉栄、幸徳秋水など、このところ明治大正期の社会主義を再評価する気運が高まっている。ベルリンの壁の崩壊以降、社会主義国家への幻想は潰(つい)えたが、貧困と格差は今日なお、ますます拡大しつつある。こうした中で、草創期の社会主義を単にマルクス主義への到達過程とみるのではなく、あらためて資本主義社会の課題を検証し直す手立てにしてみたい、という点に本書のねらいがあるようだ。彼らは時に決定論的な社会観と「個」の自由との両立に悩み、時に偏狭なナショナリズムとは異なる共同性――自由と連帯――を立ち上げることに腐心した。これらがいずれも今日に直結する不易の課題であることはいうまでもない。

 通読して心ひかれるのは、彼らの実践を一貫して言語の問題として扱おうとする本書の姿勢である。たとえば彼らの拠点となった「平民新聞」は、国民国家の平準化の論理に対抗し、車夫、巡査、女学生など、多層な階層に個別に呼びかける独自の文体を生み出していった。また、大杉栄は吃音(きつおん)に悩んでいたが、陸軍幼年学校を退校すると回復し、標準語で社会主義を演説しようとするとまたもとに戻ってしまう。獄中で「革命家」としての発話の位置を定めることによって、彼はようやくこれを克服することができたのだった。また、堺利彦はすすんで言文一致で文章を書いたが、幸徳秋水は同じように努めながらも最後まで文体を統一することができなかった。堺は透明で平等な共同体を志向したが、秋水は複数の文化が対立、共存する現実を志向したためなのだという。石川啄木が小説を断念し、短歌を選択したのも、統括的な均質性を求められる散文の論理に対し、生活の断片を、民衆の「生きられた現実」として捉え直そうとしたからなのだ。

 現実を変革していくのはまず何よりも「文の力」なのだ、という本書の言には、社会科学と人文科学との“共働”の可能性があざやかに示されているように思う。

 ◇うめもり・なおゆき=1962年、広島県生まれ。早大教授(政治学)。共編に『歴史の中のアジア地域統合』。

 有志舎 5400円

読売新聞
2016年9月25日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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