【講演】遠藤周作・没後20年企画 ある小説が出来あがるまで――『沈黙』から『侍』へ

レビュー

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沈黙

『沈黙』

著者
遠藤 周作 [著]
出版社
新潮社
ISBN
9784101123158
価格
594円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

侍 改版 (新潮文庫)

『侍 改版 (新潮文庫)』

著者
遠藤 周作 [著]
出版社
新潮社
ISBN
9784101123257
発売日
1970/01/01
価格
810円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

【講演】遠藤周作・没後20年企画 ある小説が出来あがるまで——『沈黙』から『侍』へ

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遠藤周作氏

 新潮社から本を出すと、売れゆきの悪い本を売るために講演を頼まれます。しかし生まれたての赤ん坊がいい子か悪い子か、母親でも分かることではありません。ギャーギャー泣いている赤ん坊と距離が短すぎて、うまく判断ができないんです。今度の『侍』(80年/新潮文庫)には完成まで五年くらいかかりました。この小説について喋れと言われても、まだうまく語るのが難しいのです。『沈黙』(66年/新潮文庫)という小説についてなら、まだ語れると思うんですよ。もう十五年くらい前の作品ですから。

『侍』は去年の十二月三十一日に書き上げました。みなさんが紅白歌合戦を聞き終わった頃、夜の十二時を少し回ったくらいに、最後の一行を書いたのです。五年かかったと言っても、毎日書いていたわけではなくて、ずいぶん遊んでもいたんですけど、さすがに最後の一行を書いた時は骨がガタガタガタと崩れるような感じがして、「ああ、やっと書き終えたな」と思ったものです。

 年越しそばを食べて、そのまま寝ましたが、妙に寝つかれないというか、最後の四行がどうしても気になって、とうとう四時頃にガバッと起き上がりまして、最後の四行を書き直した時には陽があけて元旦になっていました。そんなことがあったので、少なくとも五年のうちの最後の一年いっぱいは『侍』に取りかかりきりだったなという気がしています。

強虫と弱虫

 十五年ほど前に『沈黙』を書いた時、主題はいろいろありましたが、一つにはこういうことがあったのです。

 人間は〈強虫と弱虫〉の二種類に分けられるだろう、と私は思ってきました。私は強くないし、信念を貫き通せる人間でもない。信念というものを持ってみたいとは思うけれど、周りから圧迫をうけるとすぐヘナヘナになる人間です。つまり弱虫なのです。強虫——そんな言葉はありませんが——というのは、どんな目に遭っても信念を貫き通せる。

 私でも若い頃は、「弱虫のままじゃいけない」と自分を叱咤激励したものですけど、いろんなものにぶつかって心にタンコブができると、どうしても弱虫のフラストレーションが溜まってきます。歳をとるにしたがって、「弱虫は弱虫で生きていけばいいじゃないか」と思うようになってきました。

 そして『沈黙』を書く前——これはあちこちで喋ったことではありますが——長崎へ遊びに行った時、たまたま踏み絵を見たのです。踏み絵を見たのはそれが初めてというわけではありませんでしたが、その踏み絵を納めてある木の枠に足の指跡がのこっていた。沢山の人が踏んだ中に、脂性の人もいたのか、黒い指の跡がのこっていました。

 ご存じのように、踏み絵というのは徳川家光の時代から始まったものです。当時、キリスト教の信者は日本に四十万人くらいいました。最初はイエスやマリアを描いた絵を踏ませていたのですが、紙は踏むと破れるので、銅板に彫らせるようになります。それを踏ませて、いわば思想チェックをした。

 イエスやマリアの踏み絵というとみなさんから遠い存在のように思うかもしれないけど、例えば恋人が描かれた絵、母親が描かれた絵を踏め、踏むまで拷問するぞ、踏まないと殺すぞと言われたらどうする、と仮定すればいいんです。誰が踏みたいか? 誰が踏まないで信念を貫き通せるか?

 よりよく生きよう、美しく生きようと思って、みんなキリスト教の信者になったわけですよね。そのよきもの、美しいものの象徴を踏めというのは、母親や恋人の絵を踏むのと同じですよ。しかも、踏まないとお前のみならず、お前の家族も殺してしまうという、そんな精神的拷問によって、踏んでしまった人は大勢いたでしょう。

 長崎で見た、踏み絵の木枠についた指の跡のことを、東京へ帰ってからも私は忘れられませんでした。夕べに散歩する時、夜に酒を飲む時、黒い指跡が目に浮かびました。

 そして三つのことを考え続けたのです。ひとつは、踏み絵を踏んだ時の気持ち。次に、踏んだのはどんな人だったろうか。そして、私がその立場にたたされたら踏むかどうか。

 強い信念を貫き通すより、踏む可能性の方がはるかに高いと思ったな。拷問は苦しいだろうし、やはり家族まで殺されるのは可哀そうです。私は弱虫なのです。これは、今日会場にいらっしゃるみなさんの三分の二は私と同じだろうと思う。

 小説というのは、やみくもに書くのではなく、自分の視点から書くものです。そして『沈黙』は、〈迫害があっても信念を決して捨てない〉という強虫の視点ではなくて、私のような弱虫の視点で書こうと決めました。弱虫が強虫と同じように、人生を生きる意味があるのなら、それはどういうことか——。これが『沈黙』の主題の一つでした。

憐憫と愛情は違う

 この〈強虫と弱虫〉というのは、『沈黙』以後も私の大切な主題になったのです。強虫にはもちろん敬意を払いますが、私は強虫になれないだけに、弱虫への共感をずっと持ち続けました。そして、なぜ強虫は強くなれたのか、弱虫は生まれ持った性格的なものなのか、そんなことを考え続けてきた。

 その結果、『イエスの生涯』(73年/新潮文庫)と『キリストの誕生』(78年/新潮文庫)を書くことになったんです。読者にとってキリスト教は縁が遠いし、アーメンものは売れないのですよ。でも、自分の課題だから書かずにはおられなかった。

 もう少し詳しく言うと、それまで私でも『聖書』は何千回と読んできました。でも何千回読んでも、いつも自分とは縁が遠いなと感じる部分がたくさんあったのです。

 それが『沈黙』を書いた後くらいから、ふと、私と同じような人間——弱虫——が『聖書』の主人公だという視点で読み返してみようと思い立った。勉強もし始めました。すると、『聖書』が〈どうやって弱虫が強虫になれたか〉を書いた本として捉えられるようになったんです。

 ご存じのように、『聖書』では、イエスという男がいて、いろんな弟子がついてくるけど、最後は十字架にかけられて死にます。仮にイエスは強虫としましょう。弟子たちは弱虫です。イエスの言っていることをさっぱり理解しないで、ただ人間的な魅力に惹かれてついてくる弟子もおれば、社会的に何かいいことがあるんじゃないかと思ってついてきた弟子もいる。彼らは全員、イエスが捕まると、慌てて姿を隠そうとします。イエスの最初の弟子で、まあ弟子の中でリーダー的存在だったペトロなどは、鶏が鳴く前に三度も「イエスなんか知りません」と言った。イエスの弟子とバレたら、自分も殺されると怯えたからです。このへん、踏み絵をつきつけられて「足をかけないと殺すぞ」と脅されて踏んだ江戸時代の日本人と同じでしょ? ペトロはまだマシな方で、他の連中は蜘蛛の子を散らすように逃げて行きました。

 私にとって『聖書』のいちばん面白いポイントは、こうした弱虫の弟子たちがまた集まってきて、自分が裏切ったイエスという人のことを喋って、教えを広め、結局は迫害されて死んでいく、というところなのです。つまり、弱虫が強虫になっていった。なぜ、そうなれたのか? そこが気になったので、私は『イエスの生涯』と『キリストの誕生』を書いたのです。あんなの、新潮社はよく出してくれたと思いますよ。もっとも、出すたびに講演させられましたけどね(会場笑)。

 そうやって〈強虫と弱虫〉という主題を、私は大事に持って、育ててきました。いろいろ見ていくと、強虫というのは確かに強いのですが、他人を傷つけるのです。他人を傷つけても信念を曲げないためならやむをえない、というところがある。その結果、自分が苦しまないでいるかというと、すごく苦しんでいる強虫もいる。

 一方、弱虫は周囲を傷つけたくないのです。傷つけたくないから弱いのだ、とも言える。

 長患いの女房を持つ男がいた、としましょう。幸か不幸か、私の女房はピンピンしているけどさ(会場笑)。お笑いになるけど、強い女房を持って、こっちが弱虫だと悲劇的ですよ(会場笑)。

 長患いの女房がいて、外にも行けず、毎日のように「死にたい」と訴えてくる。夫も、可哀そうで仕方がない。とうとうある日、「殺してくれ」と言った。夫は「元気だしてくれよ」なんて慰めるけど、確かに何のために生きているかわからないなとも思う。次の日曜日、お祭りのある昼下がり、また「殺してちょうだい」と言われる。マンションの窓の外からは、お祭りのパレードの音が聞こえてくる。「もう生きていたくないの。お願い」。パレードの明るい音がだんだん近づいてくる。いつもの睡眠薬を十錠飲ませたら、こいつは楽になるんだ。音がますます大きく、明るくなる。女房に薬を飲ませた時、パレードが窓の下までやって来る。

 パレードなんか、どうでもいいんだけど、小説や芝居だと、ここは老夫婦にパレードが近づいてきた方がいいんですよ。わからない?(会場笑)

 こんな老夫婦がいたとして、妻を殺すというのは憐憫からですよね。しかし愛情ではない。愛情はもっと努力や忍耐を要するものだ。憐憫は逃げようとするのです。今の場合だと、女房の苦痛から逃げるわけ。同じ意味合いで、「踏み絵を踏むのは憐憫であって、愛情ではない」と言われるのは分ります。あくまで信念を守り通す方が本当の愛情で——(客席に向かって)お嬢さん、わざわざ鉛筆出して、私の言うことを書かなくていいからね。大したこと言ってるわけじゃない。え、私の言葉を書いているんじゃないの?(会場笑) 私の講演に来ているのだから、他のこと書いちゃダメよ(会場笑)。

悲しい顔をした男

 ともかく私は、そんな信念を守り通す強虫の生き方も書いてみたいと思ったのです。弱虫、つまり憐憫という感情に従う人間と、強虫、つまり自分で自分の運命を作りあげていくような人間、そんな二人を小説に書いてみたくなった。

 では、その二人がどこで何をすれば小説になるのか? 『沈黙』は長崎で踏み絵を見たから書けましたが、今度はなかなかいい材料にぶつかりませんでした。ところが、仙台へ行った時、支倉常長の肖像画を見たのです。彼がローマで描いてもらって日本まで持ち帰った絵です。

 それまで私は支倉常長のことをよくは知りませんでした。仙台では伊達藩の英傑として有名で、徳川時代の初期に慶長遣欧使節団を率いて、海外へ雄飛した立派な人だと褒め称えられています。そんな英傑の肖像画なのですが、暗い顔、悲しい顔をしていました。いい肖像画だと思うけど、顔に悲しさが滲み出ている。踏み絵を見た時に、踏んだ人はどういう気持ちがしただろう、どんな人が踏んだのだろうと考えたのと同じように、なぜ支倉常長はこんな悲しい顔をしているのだろう、と私は思い始めたのです。

 彼がどんな人か調べていくと、一言でいえば、決して強い人ではありませんでした。周りの人を傷つけたくないために、ある運命を引き受けた人です。多かれ少なかれ、ここにいるみなさんと同じような人でした。太平洋を横断してヨーロッパへ渡り、役目に従ってキリスト教の洗礼を受け、どうにか故郷へと戻ってきたら、わずか数年のうちに日本の情勢は様変わりしていました。帰国から時をおかずに、支倉常長は死んでしまいます。あたかも鮭が自分の運命に従って、必死に川を遡上し、川上で産卵するとすぐ死んでしまうように、常長は亡くなっていった。

 立派な英傑と伝えられる人なのに、どんな死に方をしたのかさえ分からないのです。墓もあちこちにあって、どれが本物か分らない。仙台市は姉妹都市のアカプルコにもマニラにも彼の銅像を建てていますが、建ててもらうにしては、あまりにも謎に包まれた死ですし、悲しい運命です。行死とも、殺されたとも言われていて、未だにはっきりとしません。間違いないのは彼の息子が切腹させられたことだけです。

 一方、常長についてローマへ行った宣教師のソテロは、日本に布教するためには何でもしてやろうという野心家でした。日本人を騙し、常長を騙した強虫です。彼は禁教令が敷かれた日本へわざわざ帰ってきて、捕まって処刑されます。

 運命にただ従っていった弱虫の支倉常長と、自らの運命を作り上げていこうとした強虫の宣教師ソテロ。「あ、この二人なら、ずっと考えてきたテーマにぴったり合うんじゃないか」と思って、『侍』を書き始めたのです(注・『侍』では、それぞれの名前は長谷倉六右衛門とベラスコ神父)。

私を託して書けた

 しかも、支倉常長って人は材料というか、資料がないんですよ。多少はあるけど、あんまりない。これは小説家にとって嬉しいことです。ある人物について正確な資料が揃っていると、私自身を託して書くことができなくなります。しかもこの人は材料があまりないのに、要所要所にだけ、私が後ろからおぶさっていくのにもってこいの材料があるのです。

 支倉常長は太平洋を渡ってヨーロッパに行った最初の日本人です。厳密には最初ではないけど、最初の日本人たちの一人です。大西洋側からヨーロッパへ行った日本人は安土桃山時代からいましたが、太平洋を渡って行ったのは初めてです。そして、フランスへ足を踏み入れた最初の日本人でもあります。

 私は戦後最初のフランス留学生でした。ヴィザを貰うのに一年もかかり、三十五日もかかる船旅で行きました。向こうには日本大使館もないし、何の情報もない時代です。

 フランス語で、英語の「ハウアーユー?」を「コマンタレヴ?」とか言うでしょ。私は慶應の仏文ですが、「コマンヴポルテヴ?」と習っていた。向こうでそう挨拶したら、友達が「お前、何を言うとる」って笑い出しました。「そんなの、十九世紀の言葉だぞ」。日本で言えば、外国人がいきなり「貴殿のご機嫌は麗しゅうござるか?」と言うようなものだったわけです。

 見るもの聞くもの、ひたすら驚いてばかりでした。二十世紀の私でそうだったのだから、支倉常長もさぞ吃驚したでしょう。石の建物を見て、腰を抜かしたと思う。でも、向こう側の資料も残っていましてね、常長がハンカチで鼻をかんで道に捨てたら、それをフランス人が拾って持って帰った、と出ている。ハンカチでなく、懐紙か何かで鼻をかんだのでしょうが、常長が丸めて捨てた紙を拾っているんだね。それから、夜に寝る時は裸で寝ている、ともある。常長は東北の人だから、裸で寝ていたんですね。

 常長はヨーロッパの文明の全てに驚きの連続だったでしょうが、そんな中で、ヨーロッパの最も本質的なもの、キリスト教にぶつかってしまいます。

 常長にとって、お役目は黙って引き受けるものだから、役目のために洗礼を受けます。キリスト教が何かなんて、彼はよく知らなかったでしょう。でも、それはヨーロッパの本質を彼が肩に背負ったということでした。そのことが自分の運命をどう狂わせるかも分らずに、背負ってしまったのです。

 私も何も分らないまま、洗礼を受けました。子どもの頃、母に言われるまま、「飴くれる」って言うから、神父のところへ行った。アーメンの話なんか、訳が分りませんよ。実際、みんな居眠りしていました。あとで野球するのを楽しみにしていたら、頭から水をぶっかけられて、「洗礼だ」と(会場笑)。本当ですよ。母親を傷つけたくないから、そのままになっただけです。もう少し大きくなっていれば、自分の思想があって「嫌だ」と言ったかもしれないし、実際、「そのうち捨てたろ」と思っていました。こんなバタ臭いもの、ずっと捨てようと思いながら、今日まで来たんです。捨てるに捨てられず、拘泥して、キリスト教と日本人のことばかり小説に書いてきた。常長も訳が分らないまま洗礼を受けたけど、後になって、キリスト教を捨てられなくなるのです。ここも私と同じで、私をかぶせられるなと思いました。

 初めて西洋に行った日本人だった。西洋の本質と、よく分らないまま、ぶつかってしまった。この二点で、私にとって、常長はどんどん身近になってきたのです。

人はたくさんの運命を生きられない

 この歳になるとよくわかりますが、人間はたくさんの情熱を生きられません。たくさんの思想や、たくさんの運命を生きられないと言ってもいいでしょう。自分と本当に関係した思想でしか生きられません。

 パッパと女房を替える男もいるけど、あれは結局、同じ女じゃないですか? 「俺は額にコブのある女は嫌だ」と言って離婚して、次に結婚した女は額にはないけれど、お尻にコブがあったりする(会場笑)。人間はたくさんの伴侶と生きられないように、たくさんの宗教や思想とは生きられない。

 これはいいことか悪いことか分りませんが、私にとって、キリスト教は縁の遠い洋服だった。しかし、それを脱ぐことはせず、どうにかして自分の身に合った和服に変えようとしてきた人生でした。それが私の運命です。でも、こんなことって、みなさんの人生にもあるのではないでしょうか?

『侍』で強虫と弱虫を追いかけるように書いていくと、史実も実際そうなのですが、強虫と弱虫が互いにオーバーラップしていったのです。富士山に西から登る人と北から登る人がいて、頂き近くになって初めて互いの顔が見えてきて、声を掛け合う。目指す頂きが同じだということも分ってくる。そうやって強虫と弱虫が出合う接点が『侍』の最終章に向けて出てきます。

 書く前は、強虫と弱虫の区別があったけど、強虫の弱い部分、弱虫の強い部分が私に分かってきました。これは傲慢な言い方かもしれませんが、人間というのは誰しも変わりがないんだ、という気が今はしているんです。

 最終章で、強虫が死ぬ前に弱虫のことを思い浮かべながら、「同じところで会うことが出来る」という意味の言葉を呟きます。これは、私にとって、とても重大な言葉なのです。読んで頂けたら嬉しいです。

「遠藤は『読め、読め』と言いすぎる」って、友達が言うんですよ。「お前は、そんなに自信がないのか、読まれて困るものを書いているのか」などと反論するのですが、正直に言うと、私にも読んで貰いたくない作品はあるんです。でも一生懸命書いて、訴えたいことがある作品は読んで貰いたいのです。『侍』はそんな小説です。

 もう、次の小説も準備しているんですよ。『沈黙』の前あたりから私が築いてきたものが、『侍』で固まってきたと思っています。逆に言うと、『侍』の欠点は考えが固まったことです。「読め」なんて言っておいて、欠点をあげるのもおかしいけどね(会場笑)。『侍』は自分が今日まで生きて、考えてきたことの総決算、総結集の作品ですが、何と言うか、自分の考えが出来あがったのが不満なんですよ。

 だから、次の小説では自分自身へガタガタと揺さぶりをかけてみたいのです。『沈黙』から『侍』まで、お前が築いたという信念は本物なのかどうか、揺さぶってみたい。

 そこでは、私のような小説家が出て来て、ふとした不安にかられて、トーマス・マンの『ヴェニスに死す』の小説家のようにおちていくでしょう。おちていっても、なお今日までかかって彼が考えてきたことは彼自身を支えていけるのか、という小説を書いてみたい。書かなくちゃいけない。

 ご承知のように、私は清潔ムードで売っている作家で(会場笑)、あまり男女のことを書いてきませんでした。『侍』でも『沈黙』でも女性はほとんど出てきません。でも、今度は肉欲のことも書きたいのです。「不潔な本!」とか「これ以上、読みたくない」とか言われて、壁に放り投げられるような小説になるかもしれない。まあ、不潔ってことはないだろうな、人格が立派な男が書くのだから(会場笑)。ともあれ、今そんな小説を考えています。また五年くらいかかるでしょう(注・この構想は『スキャンダル』〈86年〉として結実した)。強い揺さぶりをかけても自分を支えられるのなら、今日まで考えてきたことが本物だと思えるのでしょうか。まず、これまでの私の総決算として『侍』を読んでみて下さい。

新潮社 波
2016年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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