“ブルックナーオタク”三人組との出会い 夢を諦めた文系女子に変化が

レビュー

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夢を諦めた文系女子とオタク三人組に喝采を!

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 クラシック音楽を聴かなくても、作曲家のブルックナーについて知識がなくても大丈夫。ジャンル問わず好きなものに支えられながら、ままならない現実をやり過ごしている人なら他人事とは思えない小説だ。

 語り手のゆたきは、図書館の非正規職員。ある日、コンサート会場で「ブルックナー団」を名乗る三人組に声をかけられる。ブルックナー団の対人スキルは最低だ。まず、せっかく女の人を誘って店に入ったのに、席についた途端、パソコンを取り出して、2ちゃんねるのスレッドをチェックする。初対面の相手をいきなり「ゆたきたん」と呼んだりもする。ブルックナーが好きな女は珍しいというだけで自分を歓迎するオタク男子にうんざりしながらも、ゆたきは彼らの話に引き込まれていく。

 例えば真っ白い壁の上品な空間で、モーツァルトの優雅な曲を聴いたときのことを語るくだり。団員の一人が〈いい曲だ素敵な曲だくらいは僕たちにもわかる。でも僕たちはこういう美しい生の喜びみたいな世界から締め出されてるんだよ。それで野暮で鈍重なブルックナーだけがちょうど似合いだってことさ〉と言う。セリフの端々に、日常生活で味わっている悲しみがにじむのだ。

 メンバーの一人タケが書いた「ブルックナー伝(未完)」には、彼らが共鳴した作曲家のカッコ悪さが克明に描かれている。田舎者で権威に弱く、卑屈なくせに欲張りで、惚れっぽいが絶望的にモテない。唯一認められた音楽でも躓いてばかりだけれど、没後百二十年経った今も愛される曲を残した。ブルックナーの人生を追ううちに、夢を諦め仕事にも閉塞感をおぼえていたゆたきのなかで変化が起こる。駄目な人間を肯定してくれるだけじゃない。作品と対話することによって、独力では辿りつけない世界が見られる。だから音楽も小説も必要なのだとわかるところが本書は素晴らしい。拍手喝采を送りたい。

新潮社 週刊新潮
2016年9月29日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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