37日間の漂流、全員が無事 “奇跡の生還”に冒険作家が迫る

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漂流

『漂流』

著者
角幡, 唯介
出版社
新潮社
ISBN
9784103502319
価格
2,090円(税込)

書籍情報:openBD

「奇跡の生還」に希代の冒険作家が迫る

[レビュアー] 東えりか(書評家・HONZ副代表)

 一九九四年三月十七日、フィリピンのミンダナオ島沖合で一隻の救命筏(ライフラフト)が発見され、中には九人の消耗しきった男たちが乗っていた。彼らは沖縄のマグロ延縄(はえなわ)船第一保栄(やすえい)丸の乗組員で、船長の本村実のみ日本人。あとはフィリピン人であった。

 グアム沖で漁をしていた第一保栄丸は二月九日に沈没した。乗組員はある程度の飲料水と食物とともに全員救命筏に乗り込むことができたが、三十七日間の漂流の果てにようやく救助されたのだ。

 ノンフィクション作家の角幡唯介が漂流ものの作品を書こうと調査をしていた時、たまたまこの事件のことを知る。ヨットレースの事故で漂流した「たか号」より長期間、それもグアムからフィリピンまで流されて全員無事という奇跡に惹かれ、沖縄に住む船長の本村実に連絡を取ってみた。電話に出た妻の富美子はこう言った。

「前と同じように漁にでて帰ってこないんです……」

 本村実はふたたび漂流して、どこかにいなくなってしまっていた。

 なぜ彼はまた船に乗ったのか。どういう人なのか。どんな事情があったのか。好奇心を抑えきれない角幡は、富美子の元を訪ねる。実と富美子は沖縄の伊良部島・佐良浜(さらはま)で育った。この集落の人はパラオやポナペなど南方でカツオやマグロを獲る漁師が多い独特の“民族”であった。

 一人の漁師の行方不明の顛末を追ううちに、海を庭のようにして生きている人々の歴史と、一攫千金の漁業の仕組み、独特の家族観や戦後の沖縄が置かれていた状況などが少しずつ解き明かされていく。太平洋を股にかけた男たちの生き様であり、本土と沖縄の決定的な違いを見せつけられることになる。

 そして今、その海洋民族たちを新たな試練が襲っている。もしかするとこの勇壮な民族は滅んでしまうかもしれないのだ。ラストシーンには悲壮感が漂う。そして本村実の行方はいまだ知れない。

新潮社 週刊新潮
2016年10月6日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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