分厚さ2倍強、充実の『群像』創刊70年号ほか

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充実『群像』70年に二瓶哲也と岸川真が目を引く

[レビュアー] 栗原裕一郎(文芸評論家)

群像 2016年10月号
群像 2016年10月号

 文芸誌10月号を並べて目を引くのは『群像』。分厚いのだ。通常の2倍強くらいある。創刊70年を記念して、これまで同誌を飾ってきた短篇がどどんと再掲載されているのである。文学史に確固と刻まれた作から、最近の作家の作まで54作品。清水良典と坪内祐三が『群像』の歴史を振り返る評論を寄せている。

 個人的に瞠目したのは、匿名批評欄「侃侃諤諤」の傑作10選が載せられていること。折々の作家・評論家が正体を隠して、作家や作品、文壇事情をバッサバサやっつけていた欄だ。匿名コラムはかつては文芸各誌の裏の華だったが、時代が下るにつれ姿を消していき、「侃侃諤諤」も昨年終了した。なぜ衰退したのか、その自己分析もある。

 内容充実ではあるのだが疑問も。新しい作品のない回顧特集は別冊でやるのがふさわしいのではないか。

 他誌の小説では、二瓶哲也「酩酊のあいまに」(すばる)と岸川真「坂に馬」(文學界)が良かった。

「酩酊の〜」は作者の分身と思しき「私」が語り手。文学新人賞を獲ったものの出版社から見限られ、酒浸りの日々に埋没する「私」が、ある小さな事件をきっかけに高校時代に出会った少女を巡る思索に陥っていく。といっても甘い思い出ではない。束の間の接触を持った彼女は一家心中の犠牲になり焼け死んだのだ。敗残者である「私」の、どうにもならない運命の無残さが彼女を思い出させたのである。いってしまえば破滅型の私小説だが、二瓶の筆致には社会の底を舐め尽くすような凄みがある。

「坂に馬」の舞台は長崎。坂の多いこの土地では建材を運ぶのに近年まで馬が使われていた。馬子の圭介が、増築中の透の家に建材を届けに行ったところ、超大型の台風に襲われ、足を骨折し閉じ込められる。凶暴な台風は家を崩壊させ、坂を流れる雨水は奔流となって迫る。興奮した馬が人間を襲う。災禍と馬と人間、三者の死闘が一篇の主題だ。状況を語るための最低限の物語があるだけで、描かれるのは徹底して災害および人間と馬の行為である。難易度の高い課題をドライな文体で書き切っていて見事。

新潮社 週刊新潮
2016年10月6日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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