新たな歴史学を構想する試み

レビュー

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ボクシングと大東亜

『ボクシングと大東亜』

著者
乗松 優 [著]
出版社
忘羊社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784907902117
発売日
2016/06/22
価格
2,376円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

新たな歴史学を構想する試み

[レビュアー] 平山周吉(雑文家)

 かつてボクシングの東洋選手権というのがあった。チャンピオンは世界一でもなく、日本一でもない。「東洋一」には、なんともいえない二流特有の埃りっぽさを子供心に感じたものだ。本書『ボクシングと大東亜』によると、一九五〇年代に八十九回、六〇年代に百六十二回の王座決定戦があり、その約半数は日本とフィリピンの戦いだったという。その東洋選手権を「昭和史」のオモテとウラに交錯させることで、二十世紀アジアの「つわものどもが夢の跡」を辿ったのが本書である。

 明確な実体を伴うわけでもない「東洋」とは、この場合、「大東亜共栄圏」とか「東亜協同体」とかに代表された「東亜」という理念を言い換えたものであった。占領下でタブーとなったスローガンを巧みに脱色し、その遺恨試合ともいうべき雪辱戦が秘かに戦われていた。勿論、それですべてが説明可能なわけではない。外交、政治、植民地支配といった大文字の歴史と、スポーツ、興行、ウラ社会、人的交流といった民間の歴史を同じ重さで扱うことで新たな歴史学を構想する試みでもある。

 著者の乗松優は九大大学院で博士号をとった人のようだから、本書はその論文を一般書としてまとめ直したものであろう。「あとがき」によると、ボクシングジムに通って、サンドバッグを打っていた時にそもそもの着想を得たという。なぜボクシングが、「戦争によって深く傷ついた日本とフィリピンの関係を修復する」のに大きな役割を果せたのか。フットワークは軽く、ノンフィクション作品のようでもあるが、「政治的な文脈の中で大衆文化を読み解く」という基本線は守られている。

 フィリピンは第二次世界大戦の決戦場に二度なった。緒戦でフィリピンを脱出したマッカーサーは「アイ・シャル・リターン」の言葉通りに威信をかけて戻ってきた。フィリピン人の死者は百万人以上、日本軍は六十万のうち八割以上が戦死した。フィリピンが日本との国交を回復するのは戦後十一年目の昭和三十一年(一九五六)だった。

 その二年前にマラカニアン宮殿に招かれ、マグサイサイ大統領と会見した日本人がいた。「ライオン野口」こと野口進である。金平正紀、三迫仁志などを育てる野口はもともとボクサーであり、政治家、フィクサー、国粋主義者、特務機関とのパイプを持った「ボクシング復興の陰の功労者」だった。野口は戦前には岩田愛之助の右翼団体・愛国社に入社している。浜口雄幸首相を襲撃するのは愛国社の佐郷屋留雄だが、続いて若槻礼次郎(元首相)暗殺未遂で連座したのが野口だった。若槻に「自決勧告状」を渡そうとし、懲役五年となる。野口は出所後、上海に渡り、児玉誉士夫、岩田幸雄らの庇護を受け、興行の世界に入る。野口の息子・修(キックボクシングの生みの親であり、歌手の五木ひろしを世に送り出した)は岩田愛之助に育てられた。

 東洋ボクシング連盟をつくった日本側の中心人物は、初代の日本ボクシング・コミッショナー田辺宗英である。田辺は後楽園スタヂアム社長であり、親しかった正力松太郎の日本テレビに優先的にスポーツ放送を提供した人物だが、この田辺も愛国社の社員だった。田辺は玄洋社の頭山満を敬慕する尊皇主義者だった。頭山の依頼で田辺が経済援助をした玄洋社の末永節は、かつてフィリピン独立運動の闘士アギナルドを支援していた。欧米列強の植民地支配への激しい抵抗精神の持ち主だった田辺は戦前には「拳闘報国」を唱え、戦後は「日本人の自尊心の回復」をボクシングに託した。田辺は「挫折した勤皇・愛国主義、ひいては「大東亜」の理想を再生しようとしていた」と著者は見ている。

 ボクシングはそもそもアメリカ植民地支配の落し子であった。スペインから二千万ドルで領有権を譲渡されたアメリカの基地文化が、フィリピンをボクシングと軽音楽の先進国にした。日本はフィリピンを通して、三十年遅れでアメリカ文化を追いかけていたともいえる。

 昭和三十二年に首相となった岸信介は東南アジアとの外交を重視した政治家だった。アメリカからの相対的自立を目ざして東南アジアとの経済的結びつきを強めようとした。就任の年に二度フィリピンを訪問するが、大東亜共栄圏復活ではないかと警戒された。人種差別はしないと言いながら、「日本人は比島人の兄」というのが日本の軍政のスローガンだったからである。日本への不信感を払拭する役目を担ったのがボクシングだった。東洋チャンピオン・カーニバルというイベントがその年の秋に東京で開催された。外務省が後援し、岸首相も接待役を務めた。外貨不足の折りにもかかわらず、派手な催しになった。「機能不全を起こした政治に成り代わって」ボクシングに特別な使命が与えられたのだった。

 ボクシングという入り口から見た日本の政治と外交は、なまなましい肉体を持った歴史となって語り直されている。その一方で、リング上の主役だったボクサーたちの生の声を聞くことにも精力が注がれている。昭和二十八年に行なわれた「比国戦犯釈放感謝試合」にも出た元東洋フェザー級チャンピオン金子繁治、戦後十五年目にマニラで、地元の庶民からの声援を受けた元東洋ジュニア・ライト級チャンピオン勝又行雄など。それぞれの「東洋」も掬い取られている。

 本書を最後まで読み進んで、かつての東洋ボクシング連盟は、東洋太平洋ボクシング連盟に改組されていることを知った。うかつなことであった。

新潮社 新潮45
2016年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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