『ジハーディ・ジョンの生涯』
- 著者
- ロバート・バーカイク [著]/野中 香方子 [訳]/国谷 裕子 [解説]
- 出版社
- 文藝春秋
- ジャンル
- 文学/外国文学、その他
- ISBN
- 9784163904702
- 発売日
- 2016/07/15
- 価格
- 2,090円(税込)
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イスラム系テロと監視体制
[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)
なんともいえない苦さが残る。
本書は湯川遥菜さん、後藤健二さん殺害の実行犯でもある、イスラム国の通称「ジハーディ・ジョン」の生涯をたどっている。残虐きわまりない黒覆面の処刑人が、どこにでもいそうな青年だったという事実は複雑な感情を引き起こす。
「ジハーディ・ジョン」ことモハメド・エムワジはクウェートに生まれ、政治難民として六歳のとき、家族とともにイギリスに渡ってきた。ロンドン西部で育ち、大学を卒業してクウェートに戻り、その後、イスラム国に身を投じて、二〇一五年、アメリカのドローン攻撃で爆殺されている。
ジャーナリストの著者は、かつてエムワジに取材しているにもかかわらず、彼の正体が明らかになってからもしばらくは、自分が会ったことのある人物だとは気がつかなかった。取材時に仮名を名乗っていたこともあるが、記憶にある礼儀正しい人物と、人質を斬首する残虐な処刑人のイメージがかけ離れていたからだ。
何がエムワジを変えたのか。二〇〇五年のロンドンの同時爆破テロ以降、イギリスではイスラム過激派への監視が強まっており、直接、破壊活動に参加していない周辺にまで監視の目は広がり、スパイとなることを強要されることもある。そうしたことがムスリム青年たちの日常生活を破壊し、アイデンティティの狭間で苦しむ彼らをイスラム国へと押しやっている面があると著者は指摘する。
エムワジもまたそうした一人で、保安当局とのトラブルに苦しんだ挙句、かつてそうした記事を書いたことのある著者に、自分も記事にしてほしいと連絡をとってきたのだった。MI5の嫌がらせで結婚が破談になり、祖母のいるクウェートで新生活を送るが、イギリスに戻って、空港で執拗な尋問と暴力を受けた。出国も拒まれ、就職も、二度目の婚約も台無しにされた、という。
彼の言葉にある程度、真実性を認めながらも、エムワジの話は記事にならなかった。著者が転職したことも理由の一つで、新しい職場はそうした話題に関心を持つ媒体ではなかった。そのことで著者は、もし記事にしていたら彼の人生は変わっていただろうかと自問する。
フランスでもドイツでもテロが続き、バングラデシュのテロでは、日本の大学で勤務していた男性の関与も疑われている。度重なるテロへの恐怖は、ムスリムへの監視強化につながるだろう。そのことはまた、二つの文化の狭間にいる平凡な青年を、過激派へと走らせる危険性と直接、つながっている。だからこそ、監視体制を監視するジャーナリズムや第三者の目が重要で、彼らがなぜテロリストに変貌したのかを探る地道な作業と、冷静さが求められる。