人が破壊した自然をよそ者が元気にする

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外来種は本当に悪者か?: 新しい野生 THE NEW WILD

『外来種は本当に悪者か?: 新しい野生 THE NEW WILD』

著者
フレッド・ピアス [著]/藤井留美 [訳]
出版社
草思社
ISBN
9784794222121
発売日
2016/07/14
価格
1,430円(税込)

人が破壊した自然をよそ者が元気にする

[レビュアー] 鈴木裕也(ライター)

 世界中で排外主義が蔓延している。その代表が米国大統領候補のトランプ氏で、良識派は彼の自国中心主義を徹底的に批判する。しかし、彼らにトランプ氏を批判する資格があるだろうか? こと「生態系」という分野でみると、誰もが「環境を守るため」という理由で“外来種”の排除に大賛成しているではないか。

 本書はそんな「外来種悪者説」に真っ向から反証を試みた科学ノンフィクションだ。ジャーナリストの著者は世界中の実例を取材し、外来種の悪者イメージを覆す実例を「これでもか」と言わんばかりに紹介する。

 例えば、一九八九年に地中海で大増殖し、フランスからイタリアまでの海岸線三二〇キロを覆い尽くしたインド洋原産の海藻「イチイヅタ」。著者はこれを徹底的に再調査する。すると、大増殖から一〇年後にイチイヅタは急速に減少し、大発生以前よりも多くの海洋生物が生息していることがわかる。下水から排出される有機汚濁物質を餌にして増殖し、それによって地中海の水が浄化された結果、多くの海洋生物が生きられるようになったというのだ。「人間による自然破壊が原因かもしれないのに、反射的に外来種を悪者にまつりあげる例は多い」と、著者は環境保護主義者を批判している。

 本書が示す、多数の証拠が語るのは「手つかずの自然など元々なく、生態系は常に外来種が入り込み、変化し続けてきたものである」という事実だ。鴨長明の「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」ではないが、常に新陳代謝する“動的平衡”こそが生態系の真の姿なのだと、読めば誰もが気付くだろう。

 ノンフィクションというと、つい一つの事実を掘り下げるものと思ってしまうが、本書は「外来種悪者説」を覆すありとあらゆる証拠を並べるという“数のリアル”で、恐ろしいまでの説得力を創り出している。物書きの末端にいる者としても、非常に学ぶべきところが多かった。

新潮社 新潮45
2016年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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