しゃべくり漫才にぼやき漫才

レビュー

9
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上方漫才黄金時代

『上方漫才黄金時代』

著者
戸田学 [著]
出版社
岩波書店
ISBN
9784000611305
発売日
2016/06/30
価格
2,808円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

しゃべくり漫才にぼやき漫才

[レビュアー] 山村杳樹(ライター)

 昭和五年五月十一日、大阪・玉造の三光館。ロイド眼鏡にチャップリンヒゲの横山エンタツと紋付き姿の花菱アチャコのコンビが繰り広げた「二人漫談」が、上方漫才の歴史に革命をもたらした。中田ダイマル・ラケット、夢路いとし・喜味こいしへと引き継がれることになる、いわゆる「しゃべくり漫才」の誕生である。後に二人のブレーンとなったのは「近代漫才の父」秋田實。彼は東京帝国大学文学部中退のインテリで、同年には武田麟太郎、藤沢桓夫、舟橋聖一、堀辰雄などがいた。秋田は昭和十年に吉本興業に入り、以降、上方漫才の中枢を担うことになる。ミスワカナ・玉松一郎を元祖とし、ミヤコ蝶々・南都雄二、島田洋介・今喜多代などに受け継がれる「女性上位漫才」、人生幸朗・生恵幸子に代表される「ぼやき漫才」、横山ホットブラザーズ、宮川左近ショー、かしまし娘といった「音楽ショウ」……。戦後の演芸場、ラジオ放送の拡大に伴い、上方漫才も多彩な発展を遂げる。本書は昭和二十年代から五十年代半ばまでを「上方漫才の黄金時代」と捉え、この時代を領導した漫才作家・秋田實の生涯とともに、上方漫才の歴史を描き出している。多くの名人たちの芸のサワリが丁寧に採録され、リアルタイムで彼らの芸に接した世代には、当時の舞台が彷彿と蘇ってくる。スピーディーなリズムが強烈な印象を残した漫画トリオ、ボケとツッコミが瞬時に入れ替わるやすし・きよしなど、上方漫才は時代と共に変容を続け、昭和五十五年には漫才ブームが到来する。しかし、この盛況の裏で観る側は芸の成熟を見守り育てる余裕を失い、漫才芸人たちは大量消費され、瞬く間に忘れ去られてしまう時代を迎える。本書には今では既に失われてしまった「漫才が芸であった時代」への愛惜があふれている。思えば、天才、鬼才、異才たちが大衆と共に芸を磨き、舞台の上で妍を競った時代は、まさに奇跡のような黄金時代だったのだ。

新潮社 新潮45
2016年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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