『煙が目にしみる 火葬場が教えてくれたこと』 ケイトリン・ドーティ著

レビュー

7
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煙が目にしみる

『煙が目にしみる』

著者
ケイトリン・ドーティ [著]/池田真紀子 [訳]
出版社
First Second
ISBN
9784336060716
発売日
2016/08/26
価格
2,592円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『煙が目にしみる 火葬場が教えてくれたこと』 ケイトリン・ドーティ著

[レビュアー] 青山七恵(作家)

 「初めてひげ剃(そ)りをした死体のことを、女は死ぬまで忘れない」。なんともインパクトある一文に惹(ひ)かれて読み始めると、もう止まらない。おっかなびっくり剃刀(かみそり)を握り、見ず知らずの男性(ただし息はしていない)のひげを剃ろうとしているのは本書の著者ケイトリン。就職した葬儀社での初出勤日の話だ。以後綴(つづ)られるのは、火葬技師見習いとして葬儀業界に飛び込んだ彼女が、文字通り死者との触れあいを通して現代の死の実相を学び、そこに問題提起を試みるまでの大胆不敵な体験記である。

 火葬炉の取り扱い、遺体の引き取りから長期保存のためのエンバーミング処理、遺族との対面に備える「お顔のお支度」のプロセス……臨場感たっぷりに綴られる強烈な経験談からは、普段なかなか知る機会のない葬儀業界の裏側がかいま見られて興味深い。時にはそのあまりに生々しい描写に思わず目を覆いたくもなるが、著者の語り口はあくまで明るく、腐敗臭や人骨の塵(ちり)にまみれながらも決してユーモアを忘れない。火葬場で死者と過ごす日々のうち、彼女は幼少期から心に巣くっていた死への恐怖を乗り越え、死者が日常生活から必要以上に隠されタブー視される文化のあり方自体に疑問を感じ始める。その過程を目前にして、読者の側もなぜ自分がここにある生々しさに目を覆いたくなるのか、そもそもなぜ自分が死を恐れるのか、立ち止まって考えざるを得なくなるだろう。

 「あなたと、いつかかならず訪れる死との関係は、あなただけのものだ」。本書を通して、著者は掴(つか)みどころのない巨大な影のような死のイメージにある感触を与える。そしてまるでクッキーの型抜きでもするかの如(ごと)く、その影を読者一人一人の形にくり抜いて、背伸びをしたり過度に悲観的になったりせずとも正対できる、いわば「等身大の死」を差し出してくれる。どのページにも死のことしか書かれていないのに、なぜだか元気が出てくる一冊だ。池田真紀子訳。

 ◇Caitlin Doughty=1984年、ハワイ生まれ。ロサンゼルス在住。葬儀社勤務を経て2015年に葬儀会社を設立。

 国書刊行会 2400円

読売新聞
2016年10月2日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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