『乞食路通 風狂の俳諧師』 正津勉著

レビュー

8
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乞食路通 風狂の俳諧師

『乞食路通 風狂の俳諧師』

著者
正津 勉 [著]
出版社
作品社
ISBN
9784861825880
発売日
2016/07/28
価格
2,160円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『乞食路通 風狂の俳諧師』 正津勉著

[レビュアー] 高野ムツオ(俳人)

 洋の東西古今を問わず漂泊者と称される詩人は多い。日本でも能因、西行、宗祇など枚挙にいとまがない。俳人では芭蕉や山頭火などがすぐ脳裏に浮かぶ。いずれも旅に多くの名歌、名句を残した。漂泊に憧れ、自ら旅に生きることを選んだのだ。しかし、生まれながらに漂泊者であった俳人もいる。それが路通である。乞食となる以外に生きる手立てがなかった。そうした由緒不明の俳人を論述するには、始めから大きな障害が待ち受ける。原点であるはずの出自や生い立ち等の資料が皆目残っていないことだ。にもかかわらず、この特異な俳人の魅力の全容を解き明かそうとしたのが本書である。武器は詩人の本能と直感力。独断を恐れない自由闊達(かったつ)な想像力が発揮されていて、それに口語的な語り口が相乗し、路通という不思議な人物像や作品世界に新しい光がさまざまに当てられていく。むろん、わずかだが残る、信頼できる年譜やこれまでの言説も多様かつ周到に踏まえているから、説得力も十分持っている。

 芭蕉が路通と初めて出会ったのは『野ざらし紀行』の旅の途中、芭蕉四十一歳、路通三十七歳。路通の和歌に芭蕉が吃驚(きっきょう)したのがきっかけである。しかし、路通は虚言多く、盗みの疑いもかけられる。偽書きも得意。芭蕉が特に目をかけたため同門の妬みも買った。漂泊とその果ての野垂れ死にを夢見た芭蕉が、生まれながらの漂泊者路通を大事にしたのはよく納得ができよう。

 著者は野口米次郎の説を踏まえて「不実軽薄」なのは乞食の本分であると指摘する。そして、芭蕉とは別の次元から、その俳句の魅力を捉えるべきと主張し筆を進める。愛情を伴った熱意が読む楽しみを倍加してもいる。かくて九十歳まで永らえた路通の俳境は、芭蕉の「軽み」とは別趣の「緩み」「赦(ゆる)し」にあったと指摘する。芭蕉が生き得なかった風狂を生きた稀有(けう)の俳人の全体像を教えてくれる好著である。

 ◇しょうづ・べん=1945年、福井県生まれ。詩人、文筆家。著書に『忘れられた俳人 河東碧梧桐』など。

 作品社 2000円

読売新聞
2016年10月2日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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