『鉱山のビッグバンド』 小田豊二著

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鉱山のビッグバンド

『鉱山のビッグバンド』

著者
小田 豊二 [著]
出版社
白水社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784560092606
発売日
2016/07/27
価格
2,376円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『鉱山のビッグバンド』 小田豊二著

[レビュアー] 松山巖(評論家・作家)

 小柴昌俊のノーベル物理学賞受賞で有名になったカミオカンデは、三井金属鉱業神岡鉱山の坑内を再利用した施設だ。だが、戦争直後の神岡鉱山は復興に必要な亜鉛や鉛などの採掘で、特に昭和三十年代は鉱員たちが暮らす集落の栃洞(とちぼら)は豊かだった。社宅は水洗トイレ完備、どの家もテレビや冷蔵庫、洗濯機を持ち「天空の楽園」とさえ呼ばれた。

 そんな生活でも、音楽好きの鉱員たちは満足に楽器もなく、譜面も読めぬ者も多かったが、「神岡マイン・ニュー・アンサンブル」という楽団を創設する。やがて、産業音楽祭中部大会で連続十三回も優秀賞を受賞し、東京でも公演を行う。この楽団を創設から閉山で終わるまで指導をしたのはバンドマスターの林正輝だった。

 林の生涯を新聞記事から調べ始め、元の楽団員らに会い、聞き書きをし、まとめたのが本書だ。

 興味深いのは、人々は林について語りつつ、自分が何故(なぜ)、楽団に入り、どの楽器を担当し、どのように楽器を練習したのか話す点だ。大半は鉱員で、最前線で削岩するトランぺッターも、爆発事故で片目を失ったサックス奏者もいた。

 林自身は師範学校の頃に音符を読めるようになり、さらに独学で編曲を覚え、毎年五、六人が辞める状況でも楽器と各団員の技量に合う編曲をした。だから産業音楽祭中部大会で連続して優秀賞を受賞し、鉱山の閉山まで四十年も活動出来たのだ。

 著者は終章で神岡鉱山の負の問題「イタイイタイ病」についても取材している。イタイイタイ病は神岡鉱山による製錬に伴う未処理廃水により神通川下流域で発生した公害だ。その公害問題が明らかになった昭和三十六年こそ、実は神岡マイン・ニュー・アンサンブルが三回連続で優秀賞を受賞した年であった。

 著者はジャズバンドで戦後の解放された明るい光を紹介しただけではなく、背後にあった暗い闇も見つめ、本書を深味のある作品にした。

 ◇おだ・とよじ=1945年、ハルビン市生まれ。井上ひさし主宰「こまつ座」創立に参加。著書に『フォートンの国』など。

 白水社 2200円

読売新聞
2016年10月2日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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