ヒラリーの浅薄な“優秀さ”を浮き彫りにする一冊

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浮き彫りになるヒラリーの“優秀さ”

[レビュアー] 楠木建(一橋大学教授)

 女性初の米国大統領になることに半生を捧げてきたヒラリー・クリントン。やる気満々なだけでなく、実に頭脳明晰。頭の回転は抜群。当意即妙な受け答え。華麗なキャリアで経験は十分。修羅場も踏んでいる。春原(すのはら)剛『ヒラリー・クリントン─その政策・信条・人脈─』は、「暴走不動産屋」に対峙する大統領候補の来し方を振り返り、行く末を占う。

 極めて優秀な人には間違いない。しかし、その優秀さがどうにも浅薄なのである。確かに目的に対する手段の選択が的確で速い。しかし、肝心の政治目標がすぐに目先の個人的成功や栄達にすり替わってしまう。良く言えば「ニュートラル」だが、拠って立つ政治哲学が見えない。一言でいえば「優秀な弁護士」。

 民事上の揉めごとの解決を依頼する弁護士としては最高だろう。実際に彼女は弁護士出身なのだが、弁護士そのままに政治家をやっているような感がある。政治指導者としてはいかにもスケールが小さい。同じ弁護士出身でもニクソンのような「全身政治家」とは体幹の強さは比較にならない。

 とはいえ、超大国となって数十年、煮詰まったアメリカの大統領としては、クリントンのような弁護士的政治家がベストなのかもしれない。脳内が朦朧とした人物が超大国を率いて「哲学」を振り回すと世界中に災厄をまき散らすことになりかねない。ブッシュ・ジュニアのことである。

 クリントン大統領の実現を心の底から願う。

新潮社 週刊新潮
2016年10月13日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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