『大統領の疑惑』 メアリー・メイプス著

レビュー

6
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

『大統領の疑惑』 メアリー・メイプス著

[レビュアー] 宮部みゆき(作家)

 一九八八年から二〇一〇年まで、TBSなどの深夜枠で放送されていた「CBSドキュメント」という番組をご記憶の方は多いだろう。米CBSテレビの人気報道番組「60ミニッツ」の日本語版放送で、メインの司会者はピーター・バラカン氏。毎回二、三篇(ぺん)ずつ紹介されるエピソードは調査報道からハリウッドスターのインタビューまで硬軟幅広くバラエティ豊かで、私も毎週楽しみに視(み)ていた。

 本書の著者メアリー・メイプスは、その「60ミニッツ」(当時の番組名は「60ミニッツ2」)のプロデューサーの一人だ。二〇〇四年九月、再選を目指して選挙運動のまっただ中にあったブッシュ大統領の軍歴詐称疑惑を同番組のなかでスクープし、大きな成功を収めたのもつかの間、このスクープの重要な証拠である通称「キリアン・メモ」という文書に捏造(ねつぞう)疑惑が持ち上がり、これが大論争に発展して、著者はCBSの内部調査の対象とされ、挙げ句に解雇されてしまった。同時に、若き日のジョージ・W・ブッシュが、ベトナム戦争がもっとも苛烈だった時期に、(一族の強力なコネによって)希望者が多く競争率の高いテキサス州兵航空隊にポジションを手に入れ、しかし配属されたアラバマの施設に現れたという記録はなく、州兵に課された責任を果たした記録も見当たらないのはどういうことか――という肝心の疑惑の方は、何となくうやむやになった。

 この大スキャンダルの顛末(てんまつ)を、当事者がつぶさに書き記したルポルタージュが本書だ。米国では当然大きな話題になり、ロバート・レッドフォードらの主演で映画化もされた。疑惑の真相がどこにあるのか、誰が嘘(うそ)をついているのか、ミステリー要素もある本書のネタばれは控えるけれど、一読して強く思うのは、こういう本を出して、映画にまでしてしまうアメリカン・ジャーナリズムは、何だかんだいっても健全で格好いいよなあということだ。稲垣みどり訳。

 ◇Mary Mapes=1956年生まれ。2005年まで米CBSで報道番組のプロデューサーを務める。

 キノブックス 2200円

読売新聞
2016年10月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加