『明治初期日本の原風景と謎の少年写真家』 アルフレッド・モーザー著

レビュー

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『明治初期日本の原風景と謎の少年写真家』 アルフレッド・モーザー著

[レビュアー] 清水克行(日本史学者・明治大教授)

 明治日本の風景写真を多く残した「ミヒャエル・モーザー」なる謎の人物がいる。

 彼は在日外国人向け英字新聞の専属カメラマンとされるだけで、生没年も不明の人物だった。ところが数年前、オーストリアの子孫宅から、彼のアルバムと日記が発見され、その波乱に富んだ人生が明らかになった。驚くなかれ、「ミヒャエル・モーザー」は、わずか16歳で来日した少年写真家だったのだ。

 「お前も写真家になりたいか?」。オーストリアの片田舎で初めて出会った写真家の言葉に心動かされた13歳の少年は、誘われるままに男に弟子入りし、ウィーンに向かう。やがて東アジア遠征隊の専属写真家になった男の助手として、見知らぬ国、日本へ。

 船酔いに苦しめられた1年間の船旅を経て、彼は明治2年(1869年)の横浜に到着する。しかし、直後に遠征隊は解散。少年は言葉も通じない異国に、ひとり放り出される。

 「聞いた言葉は、すぐにノートに書き写すこと。これにより言葉を早く習得できる」。自分にそう言い聞かせ、飲み屋の給仕などをしながら、大人たちの理不尽な仕打ちと孤独に耐え、彼は生きる力を身につけてゆく。

 やがて少年は英字新聞を創刊したばかりのジョン・レディ・ブラックに、その写真技術を見いだされる(彼の息子が日本の外国人タレント第1号、快楽亭ブラック)。写真を撮ってあげたことから生じた日本人少女との淡い心の交流。四季の彩りに満ちた東京の瑞々(みずみず)しさ。それらが少年独特の朴訥(ぼくとつ)な感性で描写されている。そして、長い歳月をかけて実現する祖国への帰還…。

 信じがたいことだが、これらは全て実話である。ミヒャエルの孫によって書かれた本書は、ミヒャエルの冒険に満ちた人生を彼自身の日記を多く引用しながらたどっていく。歴史の奔流に巻き込まれながらも、懸命に生きた個人の姿に胸打たれる。宮田奈奈訳。

 ◇Alfred Moser=1948年オーストリア生まれ。中・高等学校で教師、大学で講師を務め、2011年に定年退職。

 洋泉社 2500円

読売新聞
2016年10月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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