『写真家ナダール』 小倉孝誠著

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写真家ナダール 空から地下まで十九世紀パリを活写した鬼才

『写真家ナダール 空から地下まで十九世紀パリを活写した鬼才』

著者
小倉孝誠 [著]
出版社
中央公論新社
ISBN
9784120048869
発売日
2016/09/08
価格
2,808円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『写真家ナダール』 小倉孝誠著

[レビュアー] 松山巖(評論家・作家)

 ナダールの名を知らずとも、彼が撮ったジョルジュ・サンドやボードレール、ドラクロワやロッシーニなどの肖像写真に覚えのある人は多いだろう。彼ら芸術家の顔を思い浮かべるとき、ナダールの写真が記憶にあるからである。

 それほど彼の肖像写真は強い印象を残す。何故(なぜ)なら一八二〇年に生まれたナダールにとっても、写真はまだ勃興期だったが、彼は肖像写真を決まり切った記念写真のようには撮らなかった。むしろ人物の日常の姿を、人物の個性や内面を、写真によって表現しようとしたからだ。

 このナダールの伝記は意外にも日本語では書かれていなかった。市民革命からナポレオン帝政時代を経た後、フランスは復古王政からブルジョワジー支配へと移り変わり、同時に産業革命後の様々な革命が起きた。著者は、そんな時代を生きた痛快な男の生涯を著した。

 本名はフェリックス・トゥルナション。父親は出版社を興し成功するが、若き彼は父に反抗し、パリの貧民街などに移り住む。いわばボヘミアン暮らしを送り、若き芸術家たちと交流し、芸術家を主人公にした小説を書き出す。ナダールはペンネームで通り名となる。小説家としては成功しなかったが、画才のある彼は新聞などに諷刺(ふうし)画を描き、名を上げる。本書には彼の写真と共に諷刺画が多数紹介されているが、実に見事。王政に反対し、共和主義者だった彼の皮肉や諧謔(かいぎゃく)が発揮され、面目躍如の仕事だ。

 彼は瞬時に肖像を撮ることの可能な写真に興味を抱き、著名な友人を撮り、写真館を経営し、五十人もの人を雇う。その上、パリの下水道やカタコンベなどを人工照明によって撮影。地下の次は、飛行船に乗り、空中から撮影。さらに巨大飛行船を飛ばす興業まで行い、最晩年は海中撮影まで実践し、一九一〇年に没した。

 ナダールの生涯を辿(たど)ると、彼が様々な革命が起きた時代の子で、写真による時代の証言者であり、歴史を作った巨人の一人だとわかる。

 ◇おぐら・こうせい=1956年生まれ。慶応大教授。専門は近代仏文学と文化史。著書に『歴史と表象』など。

 中央公論新社 2600円

読売新聞
2016年10月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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