『ヒトはどこまで進化するのか』 エドワード・O・ウィルソン著

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ヒトはどこまで進化するのか

『ヒトはどこまで進化するのか』

著者
エドワード・O・ウィルソン [著]/小林由香利 [訳]
出版社
亜紀書房
ジャンル
自然科学/生物学
ISBN
9784750514758
発売日
2016/06/28
価格
2,160円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『ヒトはどこまで進化するのか』 エドワード・O・ウィルソン著

[レビュアー] 柴田文隆(読売新聞社編集委員)

 それは不思議な動物で、他の個体のために命を投げ出すこともあれば、体を張って守るべき友を裏切ることもある。しかも他の動物なら「あの行動は本能のせいでして、私に選択肢などなかったのです」と開き直る場面で、恥じたり、泣いたり、酒に逃げたりし、おのれの命を絶ってしまうことすらある。

 本能の弱い、この悩み多き生き物はヒトと呼ばれる。

 本書を開くまで私は、ヒトがこうした一貫性のない行動を取るのは一人ひとりの倫理観の問題であり、人はもっと強くならなければいけないのだと思っていた。だが、この葛藤こそ、ヒトが進化の過程で獲得してきた本質なのだと著者はいう。

 「集団内では利己的なメンバーが勝利するが、集団間レベルでは利他的な集団が利己的な集団を出し抜く」という環境のなかで人間は、自己中心的悪と自己犠牲的善、罪と美徳という正反対の行動原理を併せ持つことになり、その倫理指針は「絶えず変化し、宙ぶらりん」であるように仕上がってしまったということらしい。

 著者は予測する。この倫理のシーソーがどちらか一方に完全に倒れる可能性はなさそうだ、と。単純な善、一方的な悪になった人間はもはや人間でない。葛藤は永遠に続く。

 こうした著者の考えは、誤解されることも多く、政治的現状を肯定し社会の不平等を正当化する説だ、人種差別的な決定論だ、と強く非難されたこともあった。彼が創始した社会生物学に対する理解はまだ十分とは言えないようだ。

 著者の願いは、「人間が存在する意味は何か」という深遠な問題に対し、自然科学(遺伝学、脳科学、進化生物学など)と人文科学(哲学や芸術など)がタッグを組んで挑んでいくこと。これも、意味を求めずにいられないヒトの弱さ、そして強さなのだろう。長谷川真理子さん(進化人類学)の巻末解説を先に読むのも良い。小林由香利訳。

 ◇Edward O.Wilson=ハーバード大名誉教授。島嶼(とうしょ)生物地理学と社会生物学の創始者。

 亜紀書房 2000円

読売新聞
2016年10月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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